CODA コーダ あいのうた 2022年
CODA コーダ あいのうた アメリカ映画 2022年(令和4年) 1時間51分 動画配信サービス
NHKの放送を見ていたら、聴覚障害者のスポーツ競技会、『デフリンピック』が11月に東京を中心にして開催されると情報が流れました。(11月15日から26日)
それを聞いて思い出した洋画が1本あるのでご紹介します。
監督:シアン・ヘダー
先日読んだ本から、この映画に来ました。
『「コーダ」のぼくが見る世界 聴こえない親のもとに生まれて 五十嵐大(いがらし・だい) 紀伊国屋書店』です。
コーダ:Children of Deaf Adults チルドレン(こども) オブ デフ(聴覚障害者) アダルト(おとな) 『聴覚障害者を親にもつこどもさん』という意味にとらえました。
当事者ではないわたしには、たいへんだなあと思えるのですが、本を読むと、本人たちにとってはたいへんでもなさそうなのです。なのに、なんで悩むかというと、『障害とか障害をもつ人に理解がない一般人の心もち』なのです。人目が気になる。標準でない物を差別する意識が人間にはある。同情は迷惑、そんなことが出だしに書いてありました。
生まれてきて、自分の親の耳が聞こえないという状態が、苦痛ではない。(それなりに順応して、ほぼスムーズに日常生活を送れるという人間のすばらしい能力があるのです)。
自分では、あたりまえだと思っていた生活が、小学校に入ると、あたりまえではないということに気がついてショックを受けた。そんな苦労が書いてありました。
耳が聞こえない親・きょうだいをもつ耳が聞こえるこどもは、親たちと耳が聞こえる人たちとの間をつなぐ、『通訳』の役割を、小さい頃から果たし続けているのです。
本人にとっては、その行為は苦痛ではないけれど、自分がなにかをしたいという時間は、通訳仕事のために消費されていきます。そこが悩みです。
自分には、自分はこうなりたいという夢があります。そのためには、時間が必要です。こちらの映画は、そのような状況を描き出していました。
さきほどの本の中で、映画作品が紹介されていました。
『聲の形(こえのかたち)』:アニメ映画作品。こどもたちの世界です。聴こえないということで主人公である、ろう者(耳が聞こえない人)の少女がいじめられます。
もうひとつが、今回観た映画です。
『コーダ あいのうた』:2022年公開の洋画
さらにもう1本あります。さきほどの著者の生い立ちを追った映画でした。
『ぼくが生きてる、ふたつの世界 邦画 2024年(令和6年)主役は、吉沢亮さんです』です。
こちらの本の著者の家族が主人公の映画です。
映画のスタートは、無音です。ろう者の世界ですから、音のない世界で、主人公のお父さんが、漁船の船体にブルーの塗料を塗る作業をしています。それが、お父さんの仕事です。
今回観たこちらの映画、『コーダ あいのうた』でも、冒頭は、漁船のシーンです。海原を走る漁船です。映画の主人公の家族が乗船して、魚を捕っています(とっています)。両親と兄が、耳が聞こえません。妹が主人公です。妹は耳が聞こえます。いろいろあります。映画が始まりました。
4人家族は、おもに、手話で意思疎通をします。いしそつう:気持ちや考えを伝えあって、理解し合う。家族仲はとてもいい。
主人公女子高生 ルビー:17歳。耳は聴こえます(きこえます)。家族の中で自分だけ聴こえるということが苦痛であったりもします。
父親:耳は聴こえません。いいオヤジさんです。夫婦仲がとてもいい。下ネタ満載で笑いました。
母親:同じく耳は聴こえません。若い頃、ミスコンテストで優勝したことがある。スタイルに自信がある。口やかましい。夫と同じで、下ネタ大好きです。映画のラスト付近で、自分の娘であるルビーが誕生した時の自分の気持ちを語ります。話を聞いていると涙がにじんできます。
兄:耳は聴こえません。父親といっしょに漁船に乗って魚を捕りに行きます。捕った魚を、市場で仲買業者に買い取ってもらいます。そのお金で家族は生活していきますが、生活費に余裕はありません。魚は相場よりの安く買い取られるからです。(障害者差別があるようです。なめられている)。兄は、スマホを使った出会い系サイトでがんばっています。
登場人物たちが、生き生きとしていて、輝くように動いています。手話シーンも生きています。
いじわる。いじめがあります。
『(高校で、実家が漁業であるルビーの噂(うわさ)ばなしとして)魚臭くなあ~い』
白人の人たちの映画です。
<合唱部>が出てきました。
NHKのコンテストのようでもあります。(NHK全国学校音楽コンクール)
4人家族についてです。非常におもしろい家族です。
いんきんたむし話から始まってのくだり(つながった話)に大笑いしました。コメディ映画です。ぜんぜん深刻ではありません。今年観て良かった1本になりそうです。
手話がいっぱいです。いいなあ~
みなさん芸達者です。芸達者:演技がうまい。
ろう者(耳が聞こえない人)の映画ですが、ミュージカルみたいです。
お金がないという話が出ます。
娘は音楽学校へ行って歌手になりたい。
でもお金がない。
奨学金に頼る。
でも、家族が漁業に従事していくうえで、耳が聞こえる娘には、『通訳』の役割を果たしてほしい。
娘の夢を優先させるか、家業を優先させるか悩ましい。
(なんというか、まずはお金を稼いで、それから夢をかなえるという方法もあります。人生は、若い頃に思うよりも、じっさいは、はるかに長いです。『学び』の時期は、標準よりも遅れてもだいじょうぶです)
ろう者独特の発声の音が変だと指摘されます。ろう者の声は変(へん)。汚い声という話が出ますが、先生の反応は反対です。『それだ!!』、『その声を待っていた!』(いい感じです)
声質の話が出ます。映画の中では、ボブディランの声は美声ではないと紹介されます。砂と糊(のり)のような声と表現されます。
思い出した本が、『喫茶店で松本隆さんから聞いたこと 山下賢二 夏葉社(なつはしゃ)』という本です。松本隆さんは作詞家です。
本の中に書いてあったことです。
歌い手の選び方です。写真は参考にならない。みんな可愛い。差異がわからない。声質で選ぶ。歌のうまいへたは、売れる売れないに関係ない。民衆は、おもしろい声を望んでいる。舌足らずなところが良かった歌手がいる。一見、欠点に見えても、そこが魅力だったりもする。合わせて、楽器が弾けることも魅力になる。(読んでいて、「木綿のハンカチーフ」をお歌いになった太田裕美さん(おおた・ひろみさん)のことだろうと思いました)。こちらの映画では、女子高生ルビーの声を聴いたコーラスの先生が、『君の歌に可能性を感じた』と表現します。
さらに話をふくらませて書くと、その本の著者である山下賢二さんという人もユニーク(希少価値)です。
『やましたくんはしゃべらない 山下賢二・作 中田いくみ・絵 岩崎書店』
絵本です。読んだときの感想メモの一部です。この絵本では、小学生時代に学校ではしゃべらなかったという作者ご本人のことを絵本にされているそうです。絵本では、やましたくんについて、1年生から始まって、6年生になったころのことが書いてありました。
つまり、6年間学校ではしゃべらなかったというような下地があります。(されど、小学校の卒業証書授与式のときにだれにも聞こえないぐらいの声で、名前を呼ばれての返事の発声はしたらしい)
小学校を卒業して中学生になったらしゃべるようにしたそうな。しゃべらないと、おとなになったら困ります。仕事をしなければなりません。作者であるご本人は、その後、人前でもしゃべるようになられたようです。しゃべらなかった理由もありました。ネットで読みました。ここには書きません。まあ、ミステリーを含んだ推理小説のような要素もある絵本です。
合唱部での歌の練習方法がおもしろかった。
ハッハッハという声出しを、次のように変化させながらやるのです。
小型犬の声、中型犬の声、大型犬の声、かなりおもしろかった。シング・シング・シング(歌え・歌え・歌え)です。
ラップ、ドゥーワップ(リズミカルなハミング風なコーラス)、そして、ラブソングです。
歌の発表会がありますが、ろう者の夫婦は、耳が聞こえないので、ステージで歌っている娘の歌声は聴こえません。
ママが娘にお話しします。娘が生まれたとき、娘は、ろう者であって欲しかった。そうでないと、自分たち親は、娘に見捨てられると思って、さびしくなった。(ろう者であることで、生活が不便とは感じておられないのです)
そして、娘はときに、自分もろう者であったほうが良かったと思ったことがあります。4人家族の中で、自分だけが聴こえるということで悩みます。聴こえなくても、生活していくことはできるのです。
いい映画です。
聴こえない世界があります。音のない世界です。
相手の表情を一生懸命見ます。
無音の時間帯が長い空間が映像とともに表現されました。
(無音だったけれど)いいものを聞かせてもらいました。
自分の思いどおりになる人生を送れる人は少ない。
のどに指をあてて、のどの震えで、歌を理解する。
歌唱指導の先生も良かった。生徒思いのいい先生です。
大事なものは、『家族』です。
歌を楽しむいい映画でした。
ああ、映画を観たなあという気分になれました。
失ったものもあれば、得た(えた)ものもある。毎日がそうやって過ぎていく。
主人公の女子高生は、聴こえる世界と、聴こえない世界を行ったり来たりしている。
いい映画でした。
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