あしたから出版社 島田潤一郎

熊太郎


2023年(令和5年)9月に読んだ本の感想記録です。

あしたから出版社 島田潤一郎(しまだ・じゅんいちろう) ちくま文庫


 2014年(平成26年)6月発行単行本の文庫化です。

 どこかのブログに、いい本だと書いてありました。

 

 小説だと思っていたらエッセイでした。

 ひとりで、出版社を営業されているそうです。(夏葉社(なつはしゃ))

 『吉祥寺(きちじょうじ)』という東京にある地名が書いてあります。

 わたしは、今年は(2023年のことです)2回吉祥寺を観光で訪れました。縁を感じます。(ページをめくっていたら、7月に自分も利用した駅にあるエスカレーターの写真が出てきました)


 『とても生きにくい世の中だと思う…… 若いころにちゃんと働いてこなかった人間にとって…… 本当は就職をしたかったのだ……』(始まりにある魅力的な文章です。読む意欲が湧いてきます)


 2009年(平成21年)8月、吉祥寺に事務所を借りて自分ひとりだけの会社を始めた。(出版社)


 1975年(昭和50年)生まれ。31歳のときに、高知県室戸に住む1学年上のいとこ(従兄)ケンさんを交通事故で亡くされています。著者にとってかなりショッキングな出来事です。夏休みにはいるもケンさんと遊んでいたそうです。海外旅行へもいっしょに行かれています。

 胸の中から感情をしぼりだすような文章です。


 いとこが交通事故で死んで(2008年(平成20年)4月6日死去)、そのあと、友だちがぽっくり死んで(29歳で死去)、自分も死にたいという話が続きます。

 大学を出て就職したけれど、職場や社会活動に適応できなくなって、メンタルをやられて死にたいのです。


 著者は、結局自分は組織の中では働けないタイプだと悟り(さとり)ます。

 ゆえに起業することを決心しました。

 起業のしかたは知りません。手探りの行動が始まりました。

 資金は自身の貯金と、仲は悪くはないけれど、これまで交流があまりなかった父親からの援助です。(父親は、著者がこどものころから単身赴任だったとか、父親は香港で自分の店をやっているとかの話が出ます)


 四国室戸のことが書いてあります。

 こどものころ、自転車にハンドルから手を離して乗るのが自慢だった。(わたしもこどものころ、自転車の手離し運転をしていました。その部分を読んで思い出しました。すっかり忘れていました)


 就職活動で、50社から断られた。


 39ページまで読んできて、この本は良書です。

 今年読んで良かった一冊に加えておきます。


 著者は読書が好きです。毎日薬を飲むように本を読みます。僕には本しかなかったとあります。


グリーフケア:1960年代(昭和35年代)にアメリカ合衆国で誕生した。大きな喪失を支えるための考察であり、学問である。

 (自分が死なないために、自分ひとりの出版社をつくる)


 人生は1回しかない。

 先日読んだ『赤と青とエスキース 青山美智子 PHP』にもその言葉が書いてありました。

 1回しかないからせいいっぱいがんばろうではなくて、1回しかないから慎重にやろうというメッセージでした。からだはひとつしかない。無理してからだを壊すようなことをしない。そう書いてありました。


 つぶやくような文章が続きます。


 会社の名前は『夏葉社(なつはしゃ)』

 四国室戸の町の風景が由来だそうです。

 

書き起こし:テープに録音した話し言葉を文章にする。


 著者はアルバイト経験が豊富です。ゆえに、ひとり出版社がうまくいかなかったら、またコンビニで店員をやるつもりです。

 著者は大学で文芸部に所属していましたが、部員で文芸活動に専念している者はおらず、ゲームばかりしていたと嘆いています。

 もともと大学に入るまで、本も読んでいなかった。

 (なにかしら経歴のイメージが違います)

 著者には二面性があります。


仕事について:なにをやりたいかは重要じゃない。だれとやるかが重要だというシーンが出てきます。

 ひとり出版社を始めた著者の人間関係が、本人の努力もあって広がっていきます。


 著者の名前『潤一郎』は、小説家の谷崎潤一郎氏が由来です。1965年(昭和40年)79歳没。

 作品として「春琴抄(しゅんきんしょう)」「細雪(ささめゆき)」ほか

 文学好きなご両親です。

 他の名前の候補として吉行淳之介。小説家。1994年(平成6年)70歳没。「淳之介」は著者にとって画数がよくなかったそうです。


 著者は、いちずな人です。(ひとつのことに打ち込む。ひたむき)

 自分がつくりたい本をつくって売り歩きます。なかなか売れない本です。

 信念の人である著者に、同志たちが現れます。

 174ページまでの第一章の部分を読み終えました。

 営利主義はありません。

 はたから見ていると、事業が破綻しそうな仕事ぶりです。でも「ひとり出版社」はつぶれません。著者の行動に共感してくださるファンがけっこういるからです。


 『レンブラントの帽子』過去に出版されたものを再版して販売します。短編8編を3編にします。営業で700冊の注文を受け、手元に約2000冊が残りました。2010年(平成22年)刊行


 日本各地の本屋、古書店に販売営業活動のため足を運びます。


 本の製作や販売にかかわる人たちのお名前や書店名がたくさん出てきます。著者が足でつかんだ人脈です。


 『昔日の客(せきじつのきゃく)』の復刊。古書店の店主の随筆。お客さんとして有名な作家が訪れていた。初版2500部。あっという間に売り切れた。2010年(平成22年)のことです。


 又吉直樹さんも出てきます。


 東日本大震災が発災します。

 製作中の詩集『さよならのあとで』は、亡くした人のことを思う詩でした。

 

 165ページに仙台付近の記述があります。

 著者はレンタカーで回っています。

 やはり車は機動力があります。

 鉄道やバスだと時間がかかります。


 著者は思い込みが強い人です。

 生きるのにはきつい部分があります。

 同様な人は多い。

 思い出のある物を捨てられない。

 亡くした人とのことを時間がたっても忘れられない。

 ガラスのハート(こわれやすい)です。

 わたしもこどものときや、若い時はそうでしたが、今は違います。

 人生のベテランになってしまいました。

 中原中也の詩『汚れちまった悲しみに』を思い出しました。


 175ページから、2章にあたる『よろこびとかなしみの日々』を読み始めました。


 1章の部分とは著者の人格が変わったかのようです。前半とはがらりとかわって、行動的です。

 1章では、どちらかといえば、ひきこもり、死にたい志願者、ただし、ひとつのことには集中するという人格でした。

 こちらの2章では、著者の十代、二十代の体験が書いてありますが、別人のように行動的です。

 ひとりの人間でも複数の人柄をもつということはあります。

 

 著者の頭脳の中は『図鑑』のようになっています。

 

 人間関係とか沖縄で暮らしたときの恋愛話がおもしろい。


 25歳のとき、アフリカ行きもされています。

 いろんな体験をされた人です。

 アイルランド、アフリカ、沖縄に行かれています。

 ヨーロッパ→モロッコ→サハラ砂漠→モーリタニア→セネガル→マリ→ブルキナファソ→ガーナ


 不器用な人でもある。(ぶきよう。ものごとの処理がスムーズにはやれないけれど、ひとつのことには熱をこめてやれる人)

 営業を兼ねて、全国の本屋巡りをされています。

 北海道利尻島(りしりとう)にある書店が出てきました。飛行機に乗って訪問されています。もうけよりも経費のほうがかかりそうです。そもそももうけを追及はしていない。

 『本屋図鑑』47都道府県76店舗の書店を巡った本をつくった。

 31歳で交通事故死をした従兄(いとこ)のことが本づくりをする原動力です。悲しみをエネルギーに変えて働きます。

 258ページ『お金がほしいわけではなかった…… ぼくは強く生きてみたかった』


 営業活動をしていて、いつも相手が快く(こころよく)迎えてくれるわけではありません。

 世の中は「お金」で回っています。

 お金のことしか考えていない人間は、平気で相手に冷たい言葉を投げつけてきます。

 

 260ページで、わたしが高校生の時に心酔していた詩人金子光晴氏の名前が出てきて驚かされました。(しんすい:夢中になって読みふけっていた)反骨の反戦詩人です。


 『孤独な少年が…… コンビニと、本屋さんしかなかった』


 便利になっていくことで、失われていった文化があります。


 『東大一直線』というマンガが出てきます。たしか、昭和50年代に読みました。1975年代です。


 著者がつくりたい本は、『何度も読み返してくれる本』です。

 夏葉社の本のほとんどは、初版2500部だそうです。

 日本の人口1億2300万人に比べればごくわずかです。

 なにかしら勇気が湧いてくる本でした。

☆いつも見てくださってありがとうございます♬