韓国ソウルでのこと、それから帰国後に観た舞台のこと

韓国ソウルでのこと、それから帰国後観た(みた)舞台のこと
2009年(平成21年)9月に訪問しました。
事前に読んだガイドブックの本と、訪れたときの感想記録です。
それから、その後国内で観た韓国の体操劇について感想を残しています。
POCKET GUIDE KOREA 韓国の旅行ガイド JTBパブリッシング
(2020年~2023年5月のコロナ禍の前、2009年にも新型インフルエンザの流行騒動がありました)新型インフルエンザの影響で予定していた旅行3件をキャンセルしたのが今年(2009年)の5月でした。
その後仕事が忙しくなり放浪癖のあるわたしはもんもんとした月日(つきひ)を過ごしていました。
暑い夏が去り涼しい秋が近づき、ようやく旅行ができそうです。釜山(プサン)からソウルまでバスで世界遺産巡りをしたかったのですが、急な予約で帰りの飛行機便がなく、やむなくソウルだけにしました。
本、「もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ」北尾トロ著では、韓国には日本の原風景があると記されていました。観光バスに乗って、南から北へのぼるルートを楽しみにしていたので残念です。
さて、旅行ガイドブックの感想となります。
わたしには、韓国に関する知識はあまりありません。遠い隣国です。中学生の頃に差別を知り、それでも九州福岡県内の学校やクラスにはたくさんの韓国人生徒たちがいました。男もいたし女もいました。こどもでしたからべつだんふつうにいっしょに遊んで学んでいました。
社会人になってからは、自分より上の世代の人たちの隣国差別意識には辟易(へきえき)としました。(2026年の今ふりかえると、もう50年ぐらい前の出来事です)
このガイドブックを読んだだけで、わたしの脳には意識改革が芽生えました。わたしが長い間思いこんでいた韓国と現実の韓国は別のものでした。
国の人口が4900万人、そのほとんどがソウルとその周辺に住む。(旅行中にソウルの人口は1500万人と聞きました。)
九州2個分ぐらいの面積、釜山の緯度は名古屋市ぐらい、ソウルの緯度が新潟市の南ぐらい。
飛行機で中部国際空港セントレアから釜山まで1時間半、福岡空港までとそれほど変わりません。
国の領土の長さ南北300kmは、東京から京都の手前ぐらいでしょうか。東西が250kmぐらい。日本との時差はありません。
観光の目玉は、お買い物と食事を楽しむこと。感想の続きは帰国後にします。
(以下が、帰国後の感想です。)
行く前と行ってみてからの違いをガイドブックに沿いながら記(しる)してみます。
( )の中が行く前の気持ちです。
1 貨幣価値
(1万ウォンが850円ぐらい。高いのか安いのかわからない)
現地でオプショナルツアーを申し込むときに何万ウォン単位で支払いました。
何万ウォンが何万円のように感じたけれど、桁(けた)がふたつ落ちたような感覚です。
コンビニでパンを買ったら1個が50円ぐらいでした。
自販機でカップのコーヒーを買ったら25円ぐらいで安かった。
5万ウォン札が最大値の紙幣でした。
2 地下鉄
(乗ってみよう)
結局乗車する機会がありませんでした。
3 Nソウルタワー(南山タワー)
(わたしは、中途半端な高さが怖い高所恐怖症です。やめておこう)
行きました。たいへん美しい夜景でした。全然怖くありませんでした。
4 南大門市場(ナンデムンいちば)
(人混みがひどくて人の流れにもまれるだけだろう。)
ゆっくり見学できました。
5 アカスリマッサージ
(日本の温泉でアカスリ体験があります。すっぽんぽんになるので行きたくない)
同行の妻の願望が強かったので行きました。知らない女性たちたくさんとワゴン車に乗せられて行き、ホテルに戻ってきたのは午前1時頃でした。
6 ナンタ
(見たい。ミュージカルです。台所用品とか食材を使って音楽を奏でます(かなでます))
見ました。楽しかった。今度行くときは、ナンタとジャンプ(同じくミュージカルで格闘技を素材にしたものらしい)を見たい。
7 ロッテワールド
(遊園地で遊ぶという年齢ではないけれど、最終日のフリータイムにほかに行くところもないし行ってみようか。)
行きませんでした。
8 板門店(パンムンジョム。はんもんてん)
(北朝鮮との国境地帯。怖いからやめておこう)
行ってきました。北朝鮮の兵士を見たり、建物の中になりますが、いちおう北朝鮮側になる区域にも足を踏み入れたりしました。
9 漢江(ハンガン)遊覧船
(ただ乗って終わるだけのような気がする)
乗りませんでした。乗るのであれば、夜景を見ながらバンドの音楽が楽しめる時間帯にしたでしょう。
10 免税店
現地は、なんともすさまじい日本人観光客の数でした。ほとんどが女性です。
11 食事
おいしいものもあったし、そうでないものもありました。食生活の違いでしょう。あんなにたくさんのキムチを食べたのは生まれて初めてです。手土産にもたくさんキムチを買ったので、年内はキムチのご飯が続くでしょう。
手に入れたガイドブックは手ごろな大きさと重さで内容もわかりやすく、付属の地図も役立ちました。
ソウルは、たいへん車の多い都市で、宿泊は漢江(ハンガン。大河です)の北側のほうがいいと思います。
川の南側のホテルだと車の移動が30分から40分は余分にかかり時間が無駄になりますし、渋滞で疲れます。
次の写真は南大門市場(ナンデムンいちば)ですが、ソウルは、新しい高層建築物と昔ながらの古い建築物とが混在している都市でした。

次は、2012年(平成24年)2月に名古屋市内で観劇した韓国の舞台です。たしか、名古屋栄にある東海テレビのホールで観た記憶です。
JUMP(ジャンプ) 韓国カンフー体操劇
以前韓国ソウルで、「NANTAナンタ(乱打の意味)」(キッチンを舞台にしたミュージカル)を見学しました。楽しかった。そのときにそばの劇場で上演されていたのがJUMPでした。
カンフーを素材にした喜劇と聞きました。次回ソウルを訪ねたときに見学すると決めましたが、賃金が右肩下がりの今、なかなか旅行へは行けません。
昨年11月に新聞で広告を見かけてチケットを購入しました。行かなくてもあっちから来てくれる時代です。昨夜見てきました。
想像していたのは、ブルース・リータイプとかプロレスタイプの剛健な闘いでした。実際は、吉本新喜劇のような柔らかいものでした。
カンフーというよりもオリンピックの種目にある体操のようでした。ジャンプと回転、めまぐるしい動きとおじいさん役ほかスローモーションのなかなか動かない動き、両者を交互に上手に組み合わせて笑いを誘っていました。舞台は躍動感にあふれています。80分間のパフォーマンス(演技)です。
構成の順番が違っているかもしれません。覚えているのは、観客席にいるおじいさんからスタート。ステージで家族紹介→恋人話→観客2名がステージへ→おじいさん→ふたりの泥棒をまじえてドタバタ騒ぎ→格闘技風ダンスショー→結婚式という展開でした。進行の各起点がおじいさん役の演技となります。セリフは少なく言葉はいちおう日本語単語でした。(発音が違うせいか瞬間的に意味を理解できない部分はあります)言葉は通じなくても演技で楽しめます。言葉のないパントマイムの部分のほうが人間心理を(本音)を表していてわくわくします。
おじいさん役は間寛平さんや志村けんさんのようでした。おかあさん役は友近さんのようでした。高齢者役の人がふたりいますが、実年齢はみなさん若い。筋骨隆々の体をされています。
いろいろな要素がとりこまれています。もう何年間も上演されている舞台劇ですので、少しずつ変化をとり入れていった結果、品質が向上したのでしょう。今もなお変化の途中であり、完璧な完成はまだ先だろうと感じました。
上演開始前のホールからロビーはお香(おこう)をたいたように煙っています。匂い(におい)はありません。韓国人のお客さんが多いのかもしれません。550人くらい入れるホールは満席に近かった。前のほうの席だったので、もしステージに上がるよう呼ばれたらどうしようと緊張しました。リラックスして演じることを心がけることにしましたが呼ばれませんでした。ステージに上がったら職場で自慢しようと思っていましたが正直ほっとしました。
記憶に残ったシーンはタップダンス(ほんの短時間です)昔のダイヤル式電話を小道具として使ったバーベル上げ、老齢で体が思うように動いてくれないおじいさんの仕草(しぐさ)、ふたりの泥棒のうち太った人のほうの動き、太めのおかあさんのタンゴにあわせた豪快な動き、出演者9人の空中を飛ぶ動きとふたりがひとりをかかえての動き。いずれも韓国人の誇りを気持に抱いての熱演と受け取りました。
席位置を変えてみると趣(おもむき)もかなり違うことでしょう。複数回見たい演劇です。ラストでは、「文化は国境線を消してくれる」という感慨がこみあげました。美しい風景を見たり、号泣できる小説を読んだり、気持ちがのめりこめるステージを見たりすると生きていてよかったと思います。
たくさん拍手をしたので手のひらが痛くなりました。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。