クマにあったらどうするか 姉崎等 聞き書き・片山龍峯

熊太郎


クマにあったらどうするか アイヌ民族最後の狩人 姉崎等 聞き書き・片山龍峯(かたやま・たつみね) 筑摩書房


 いま、日本列島は、クマの話題でもちきりです。

 わたしのペンネームである、『熊太郎』は、半世紀ぐらい前、わたしが高校生のときに自分で決めました。強いものになりたいというあこがれをこめて付けました。

 それが、50年後の今、暴れクマのことが世間で話題になるとは思いもしませんでした。

 熊のプーさんとか、くまもんみたいに、かわいいペンネームですねと言われたこともあります。意外でした。クマは、かわいいキャラクターという意味合いもあるのです。


 ブログで使用しているホッキョクグマの写真は、名古屋にある東山動物園にいた、『サスカッチ』という名前のホッキョクグマです。

 暑い真夏になると、展示場所のプールで、おふろにつかっているようなポーズを毎年していましたが、2020年(令和2年)5月7日に老衰で亡くなりました。推定30歳、人間でいうと80歳ぐらいでした。

 サスカッチは、東山動物園に来てから30年間ぐらいずっと動物園暮らしでした。うちのこどもたちや、孫たちも見学に連れて行きました。

 展示室のぶあついガラスをへだてたすぐそばで、幼い孫とじっとみつめあっていたときの、サスカッチのあたたかくて、優しいまなざしが思い出されます。


 その後、秋田県の男鹿水族館GAO(おがすいぞくかんガオ)から2023年(令和5年)3月に来てくれた男の子のホッキョクグマが、『フブキ』です。

 サスカッチよりも体が大きくて太くてびっくりしました。当時はまだ2歳8か月ぐらいでした。


 そんなこんなで、以前読んだことがある北海道で、クマ猟師をされていた方の本をご紹介してみます。

 本をつくったおふたりはすでに亡くなっています。

 読んだのは文庫本ですが、単行本は、2002年(平成14年)に発行されています。本を読んだのは、2023年(令和5年)10月のことでした。


 クマを捕らえる猟師をしている姉崎等さんという方の語りを、片山龍峯さんが書き取りをしています。

 姉崎等さんは、クマの毛皮を収入とするために猟師の道に入られています。

 本のはじめの部分を読むと、近年(1990年)、ヒグマを保護するために、春のヒグマ猟は禁止されています。


 この本を読んだ2023年(令和5年)は、熊が人里まで降りてきて、人間にとっての脅威となっています。

 原因はクマの食べ物の減少で、人間の生活が山奥へと広がるにつれて、野生動物は住む場所を失っています。


 姉崎さん:アイヌ民族最後のクマ撃ち猟師だそうです。

 

 姉崎さんの言葉として、『クマは自分の師匠だと本気で思っています』

 クマの足跡を追ううちに、クマが考えていることがわかるようになった。クマから教えられることがたくさんあったそうです。

 クマは山を合理的に歩くそうです。

 人間は山の頂上をめざして歩く。クマは、頂上は目指さない。クマは山の7合目あたりから次の山に移動する。楽な移動ができる。クマは岩場を登るときに自身の爪を使う。


 クマ猟の内容は1990年ぐらいまでのヒグマ猟のやりかたのことで、戦前、戦後から続いて、今から35年ぐらい前までの出来事です。


 姉崎等さんのことです。1923年(大正12年)7月1日北海道鵡川村(むかわむら。現在むかわ町、恐竜で有名。むかわ竜。苫小牧市(とまこまいし)の東)生まれ。(今から100年ぐらい前にお生まれの方です)。3歳の時に千歳(ちとせ)に移る。

 姉崎さんが12歳のときに、父親が72歳で死去した。

 父親の後妻の母親(自分の実親)と自分、妹2人の4人家族で、ご本人は学校にはあまり行かなかった。12歳という年齢のときから働いていた。狩猟少年だった。

 釣った魚を旅館に売りに行っていた。


 時代的に兵役があります。

 昭和18年21歳のときに軍隊に入って、樺太で(からふと)の国境付近で3年間ぐらいソ連軍と戦っておられます。実戦も体験されています。

 昭和23年、25歳のときにアイヌ女性と結婚されています。


 夏は「釣り」、秋は「イタチ猟」、雪が降りだしたら「ノウサギ猟」、鉄砲を持つようになってからは「リス猟」だそうです。ノウサギは、針金でつくったワナで捕まえる。

 昭和30年頃までは、クマの毛皮は2万円もしなくて安かった。高度経済成長が続くにつれて、昭和46年にはクマの毛皮に70万円とか80万円の値が付くようになった。

 

 狩猟の様子は、読み手にとっては過酷に見えますが、姉崎さんにとっては自然な移動行動です。苦にされていません。

 ふつうの人はヒグマから逃げますが、姉崎さんはヒグマを追いかけます。

 これまでに、ひとりで40頭、集団で20頭を仕留めたそうです。

 クマ撃ちは、よっぽど必要なときしか鉄砲は撃たない。必要最小限しか撃たない。

 狩猟で移動しながら、たまに、エゾライチョウを食べる。おいしいそうです。

 クマの肉は食べない。クマ肉だけ食べると腸が消化してくれないそうです。

 米五升と味噌(みそ)、塩を持って山に長期間入る。

 連れている犬も、米を食べる。

 箸は(はしは)持って行かない。木の幹からつくる。

 食事は、朝と夕の一日二回。狩猟は10日間ぐらい。山を歩き続ける。

 非常食はハム。非常食だから食べない。食べずに持ち帰る。

 

 村田銃(明治時代につくられた国産銃。薩摩藩の村田という人がつくった)を20年間ぐらい使ったあと、ライフル銃を使用している。弾は(たまは)30発あれば十分だそうです。


 クマには知恵があります。

 読んでいると、『カラス』の知恵のようだと類推します。動物は賢い。

 生存競争が厳しい。クマは人間に撃たれないようにいろいろ工夫をして行動しています。

 クマは人間の行動をじっくり観察して対応を考えている。


 姉崎さんは、『自分がクマなら、こうする』と考えるそうです。ゆえにクマが師匠なのです。自分がクマになりきって、山での狩猟や移動を行っているそうです。


 エサのある森林が減ってきている。

 いろいろうまくいっていない植林などの施策について書いてあります。ミズナラをやめてマツなどの針葉樹林にしたからエサがなくなった。

 

 2002年(平成14年)発行の本を文庫化してあるのですが、記述に『……クマというのはそんなにすぐ襲ってくる動物ではないと私が言うのは証明できると思います。』とあります。書いてあることは1990年ぐらいまでの実例をもとにしてあるので、30年ぐらいの時が流れて、クマが人を襲う事例が多発しています。自然環境の状態がクマにとっては悪くなって、食べるものが山になくなって、クマの気性も荒くなってしまったのだろうかと思いを巡らせながら読んでいます。


 クマは日当たりがいいところに寝っころがって過ごすことが好きだそうです。

 寝る場所が3つあって、午前、午後、その後と、太陽の位置が移動するごとに寝っころがる場所が圧迫されているそうです。


 野生動物たちは、どんぐりを食べる。クマの主食はドングリだそうです。


 クマにも性格がある。性格がいいクマと性格が悪いクマがいる。クマの顔つきでわかるそうです。


 クマはヘビを嫌う。


 クマの瞬間走行スピードは60kmに達する。相当速い。


 カラスのいるところにはクマがいる。カラスはクマが捕まえた動物のおこぼれを狙っている。

 

 210ページ、本のタイトルもなっている『第五章 クマにあったらどうするか』です。

 ヒグマは、オスの成獣が体重200kgぐらい、大きいものは400kgになるようなものもいる。

 されど、ヒグマは自分より小さい人間を恐れている。ただし、一度人間を襲って、人間が弱いということを知ったクマは自信をもって人間に対して狂暴になるというような流れでお話があります。

 おもしろいのは、クマに出会ったら(人間が)死んだふりをするという話があるのですが、姉崎さんの話では、猟師に会ったクマは、弾に撃たれて死んだふりをすることがあるそうです。言い伝えとは逆のパターンです。クマは死んだふりをして、近づいた猟師にいきなりとびかかるのです。

 クマには知恵があって、かなり頭がいい。カラスぐらいの知能があるそうです。


 さて、クマに出会ったら人間はどうしたらいいかの話です。

 逃げてはいけない。逃げることは一番ダメ。クマに背を向けてはいけない。棒立ちに立つ。(姉崎さんは棒立ちでクマをにらみつけた経験が何度もあるそうです)クマの目をにらみつけて、ウォーとクマを威嚇する大きな声を出す。その繰り返し。クマは立ち上がるが、人を襲うために立ち上がるのではなく、自分の周囲の安全を確認するために立ち上がる。クマは安全な方向を見極めて自分の逃げ道にする。

 クマの目をにらみ続ける。クマよりも人間のほうが弱いとクマに思わせてはいけない。


 ほかにも、クマはヘビが苦手なので、ヘビのように見えるものを使って追い払うという手法が紹介されています。長いものをふりまわして追い払う。ベルトでもいいそうです。


 クマから逃げるのではなく、逆に、クマを追いかけるぐらいの気迫をもつ。(なんだか、人生のあり方にも通じるものがあります。困難にぶつかっても乗り越えて克服するのです)

 クマは、見た目は大きくても臆病な動物だから人間を恐れて逃げていくそうです。

 

 立ち向かう時に『棒』は使わない。たくさん枝がついた『柴(しば)』を使う。クマの鼻の前で振ったことがあるそうです。クマが嫌がったそうです。


 農機具のクワをひきずって逃げると、クマはクワを飛び越えてこない。なにか、物を引きずって逃げると引きずっている物をクマは飛び越えようとはしない。

 

 ベルトを振り回すのは有効。クマは、ベルトをクマがきらいなヘビと勘違いするようだと書いてあります。


 ペットボトルを押してペコペコと音をさせるとクマは嫌がる。クマにとって、奇妙な音に聞こえるのだろうとのこと。


 クマが人間に対して、自分や自分たち(子グマ)の居場所を教えてくれることがある。人間に対する警告として、地面をドーンと叩いて大きな音をたてることがある。


 276ページに、クマと出会ったときの対処法が箇条書きで示されています。


 第六章です。クマが人を観察していることが書いてあります。クマは隠れない。クマは人に気づかれないようにそっと人の動きを観察しているそうです。襲うためではありません。自分たちが人間に危害を与えられるのではないかと人間を恐れているそうです。

 クマは肉食獣ではない。クマの体が大きいから人間はクマを恐れていますが、クマから見れば大きな木を道具で切り倒したり、鉄砲で鹿を撃ったりの行動、あとは、人間の数の多さに恐怖感をもっているそうです。クマは、人間はすごく強い生き物だという意識をもっているそうです。

 ただし、一度、人間が体力的に自分よりも非力であることを知ると、人間を恐れなくなるそうです。


 第7章です。クマとの共存の話です。

 人間が、キャンプ、バーベキューをやって、食べ物や飲食料が入っていた容器を放置する。クマが人間の食材の味を覚えて求めてくる。

 なんというか、人間の悪行について書いてあります。

 人間がいい思いをするために、樹木や生物を殺していく。化学薬品をばらまいていく。その結果、山が死んでいる。クマが生きていける環境が残されていない。人間がクマのエリアに入り込みすぎている。

 ルールをつくっても、人間は守らない。守れない。


 体が大きなクマは非常に憶病で人間を恐れている。ゆえに、体が大きくなるまで育つことができた。人間のいるところへはおりてこなかった。山奥の一定のエリア内で暮らしていた。食べ物がなくなったから人里におりてくるようになった。ドングリができるナラの木が山にない。植林でマツのような針葉樹ばかりになってしまった。


第8章

 クマにおおいかぶさられて、大きな口を開かれたときの対処法が書いてあります。

 手でグーをつくって、クマの口の中に手を伸ばして口の中をかきまわす。舌を引っ張るとクマは驚いて逃げて行くそうです。かなり度胸がいりますが、死んでたまるかーーと思えばできるそうです。手の代わりに刃物や棒でもいいそうです。その体勢だとクマは前足で人間の頭に触れることができないそうです。なんともすさまじい話です。体験者が複数います。(案外、人間は強い)


 名古屋にある東山動物園にいたホッキョクグマのサスカッチのありし日の写真です。


 サスカッチ亡きあと、秋田県の男鹿水族館GAO(おがすいぞくかんガオ)から来てくれたフブキの写真です。かなり大きい。

☆いつも見てくださってありがとうございます♬