生きるぼくら 原田マハ

熊太郎


生きるぼくら 原田マハ 徳間文庫


 目次の項目です。

 母の失踪、梅干し戦争、蓼科へ(たてしなへ)、さよならケータイ、ひと粒の籾(もみ)、ぼくらの田んぼ、緑響く、豊穣の時(ほうじょうのとき)

 農業のお話のようです。


 巻末にある桂南光(かつら・なんこう。落語家)さんの「解説」から読みます。

 桂南光さんと原田マハさんは仲良しだそうです。

 この物語は、「麻生人生(あそう・じんせい)」という青年が、米づくりに出会い、人間的に成長していくストーリーだそうです。

 題材として、「離婚」、「引きこもり」、「認知症」があるそうです。

 食堂経営者である「志乃さん」という世話好きおばさんがいい人だそうです。励ましてくれるそうです。

 農地の土の話があります。

 わたしが以前、本で読んで、映画で観た作品を思い出しました。青森県のりんご農家の木村さんの物語でした。無農薬でリンゴを栽培します。

『リンゴが教えてくれたこと 木村秋則 日経プレミアシリーズ』

『奇跡のリンゴ 石川拓治 NHK製作班』。本と映画があります。

『リンゴが教えてくれたこと 木村秋則 日経プレミアシリーズ』


 「生きるぼくら」の解説文では、土にいる虫たちや微生物との共存が強調されています。『輪廻(りんね)』という言葉が用いられています。

 解説の日付は、2015年(平成27年)7月になっています。



(さてこれから本文を読み始めます。読みながら感想を記録していきます。全体で、415ページあります)

 

 とりあえず25ページまで読みました。

 母子家庭において、24歳の男子が引きこもりになっていて、母親が日常生活に限界を感じて家を出ていってしまいます。

 24歳の息子に対して、あとは、自分の力で生きていってくれと言葉を残した母親はどこかへ行ってしまいました。


 なかなかおもしろそうな設定です。


麻生人生(あそう・じんせい。人の名前です):24歳男子。引きこもり。母親が食べ物を用意する。コンビニ弁当、カップ麺、おにぎりだそうです。4年間引きこもっている。コンビニにも行っていない。4畳半の部屋に一日中ひきこもっている。働いていない。学校にも行っていない。友だちはいない。カノジョはいない。外にでかける用事はない。自室にいるしかない。パソコンと携帯電話(スマホではない)はある。朝7時に寝て、午後3時か4時に起きる。部屋に窓はない。

 両親は、麻生人生が小学校6年生のときに離婚した。父親は会社経営をしていたが資金繰りに行き詰まり、借金で経営は破たんした。

 麻生人生は、中学校・高校でいじめにあって、不登校になったそうです。学校には見放された(みはなされた)そうです。その後高校を中退して就職活動をしたが、どの会社にも拒否されたそうです。


 母子はボロアパートに住んでいます。母親は53歳か54歳ぐらいです。昼は雑居ビルの清掃の仕事、夜はパチンコ店の清掃の仕事をしています。朝8時に家を出て、夜10時に帰ってきます。

 母親は6畳間を自室にしている。アパートは2部屋となっている。

 母親は、ゆくえをくらませるけれど、アパートの家賃と麻生人生ネット利用料金はちゃんと振り込みで払うそうです。

 

 ひきこもり男子である麻生人生は、長野県茅野市蓼科(ちのしたてしな)にいる父方祖母中村真朝(なかむら・まあさ。マーサばあちゃん)を頼って行くことにしました。

 マーサばあちゃんは、「希望の光」です。でも、余命が短いらしい。

 24歳の麻生人生が最後にマーサばあちゃんに会ったのは彼が小学校5年の冬休みでした。11歳でした。もう13年間も会っていません。(そして、再会したとき、マーサばあちゃんは、去年の秋から認知症になっていて、麻生人生のことを覚えていません)


(つづく)


 麻生人生が学校でいじめられていた記述が続きます。読んでいて、気分が悪くなります。

 たとえ学校にいるこどもであれ、いじめ行為は犯罪に抵触することもあります。厳罰をもって対処しないといじめにあうこどもの人生はボロボロになってしまいます。

 

 タイトル「生きるぼくら」の「ぼくら」は、いじめにあってひきこもりになった少年・少女をさすのだろうか?


 マーサばあちゃんには、娘がふたりいる。

 ひとりは麻生人生の母親で東京にいるはず。13年前、麻生人生は小5の11歳だった。

 もうひとりは名古屋にいて、13年前、小4と小3の男の子だった。


久米志乃:長野県蓼科において、麻生人生の祖母マーサばあちゃんの知り合い。久米食堂店主の妻


中村つぼみ:21歳。「座敷童(ざしきわらし)」のような風貌(ふうぼう。見た目)をしている。実年齢より若く、こどもに見える。

マーサばあちゃん(中村真朝)の長男(麻生人生の父親中村新多なかむら・あらた)の再婚相手の連れ子。中村つぼみは、マーサばあちゃんの義理の孫にあたる。中村つぼみは、継父(けいふ)の中村新多を「ママチチ」と呼ぶ。(「継母ママハハ」からきている)

中村つぼみは、不倫でできたこども。看護師をしていた母親が、妻子ある医師と不倫をして生まれたこどもです。


中村新多:去年死去した。がんだった。再婚後の妻(中村つぼみの母。つぼみが高校1年生のときに再婚した。西東京市で生活していた。

母が運転していた車は真夜中の中央道のカーブで事故を起こした。夫が死去した病院へ向かう途中だったそうです)。両親が残してくれていたお金は、母方の叔母にもっていかれたそうです。ひどいことをする人間がいます。

 死のうとした中村つぼみの家に、まーさばあちゃんから年賀状が届きました。「いつでも蓼科(たてしな)に帰っていらっしゃいね」と書いてありました。年賀状には、「私は余命数カ月……」とも書いてありました。


 本を読みながら、長野県蓼科あたり、白樺湖あたりには、まだ若い頃、こどもたちが小学生だったときに何度かキャンプやスキーで行ったことを思い出しました。


マーサばあちゃん(中村真朝):軽い認知症。在宅で暮らしている。そばに義理の孫(長男の再婚後の妻の連れ子)である中村つぼみが同居している。

 マーサばあちゃんには記憶障害がある。見当識障害(時間、場所の判断ができない)と判断力の低下はない。(でもまーさばあちゃんは、人物の判断をはっきりとはできない。中村つぼみと麻生人生を来客だと思っている)


 なんだか現実離れした話です。

 まーさばあちゃんと麻生人生、中村つぼみの三人家族ができあがりました。


 まーさばあちゃんの言葉です。

『ひと粒のお米には七人の神さまが住んでいる』

 ごはんつぶを大切にしましょうという主旨がこめられています。


御射鹿池(みしゃかいけ):まーさばあちゃん宅から車で行く池


東山魁夷(ひがしやま・かいい):画家。作品として、「緑響く」。蓼科の風景が素材だそうです。


 麻生人生はケータイに頼る人生を送っていた。

 彼のケータイはふとしたことで湖(御射鹿池)に落ちてだめになった。

 彼は元気をなくして東京へ帰ると言い出しました。(引き止められます)

 ケータイ依存症で迷惑な麻生人生を救うプロジェクト(企画)が発進しました。


 麻生人生は清掃職を始めました。

 かけもちで清掃をします。パート勤務、時給800円、9時から5時まで。週5日間、3か所の老人ホームと2か所の保育園を回る。

 高齢者施設「青峰寮(せいほう寮)」、入所者70名ぐらい。

田端:介護士長。45歳、介護士歴15年、兼業農家、茅野市内で稲作をしている。農業は奥さんがしている。

 大学生の息子純平が東京にいる。


 まーさばあちゃん宅を訪れてくる人たちです。

滝口:村会会長

田上(たがみ):農協の職員

服部、福光:茶飲み友だち


 190ページあたりでは、小川洋子作品「博士の愛した数式」を思い出します。認知症の博士でした。博士の記憶が80分しかもちません。


 初めての給料からお金を祖母に渡す麻生人生です。母親にもそうすれば良かったと後悔の気持ちが生まれました。少しずつちゃんとした人間になっていけそうです。


 まーさばあちゃんが語ります。

 宮澤賢治「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」

 まーさばあちゃんは、小学校の先生だったそうです。


自然の田んぼ:耕さない(たがやさない)、肥料を使用しない、害虫の駆除をしない。

一反(いったん)の田んぼ:300坪、10a(アール)、991.74㎡ぐらい。四角だと31m四方ぐらいだろうか。


243ページ、まーさばあちゃんの認知症が進行し始めました。


有機農法による農作業に挑戦というような展開です。まーさばあちゃんの田んぼです。

モミガラクンタンツクリ:籾殻燻炭作り

米の種まきをするときに使う炭だそうです。

種もみの上に土をかけ、燻炭をしきつめて地温を上げる。稲の発芽をうながす。


 まーさばあちゃんの認知症対応についてです。

 市役所で介護認定の申請をする。

 まーさばあちゃんは、「要介護3」となりました。5がいちばん重いです。

 

稲架掛け(はさがけ):実った稲穂を十分に天日(てんぴ)に干す。物語では、その後、足踏み脱穀機(わたしがこどものころ、農機具小屋にあり、わたしはそれで遊んでいた記憶があります)を使用する。


 米づくりの話が続き、やがて、麻生人生と中村つぼみの結婚話に発展していきます。


 田植えの作業があります。

 高齢者施設で介護士長として働く田端さんのひとり息子田端純平(22歳、大卒後はマスコミ出版関係に就職志望)は就職先が決まらず、就職留年するそうで、米づくりの手伝いをするような話になっていきます。

 認知症のまーさばあちゃんは、田端順平を自分の事故死した息子中村新多と誤認します。


打たれ弱い:大学受験でも就職活動でも一度失敗したらもうだめだと決めつける若者たちがいます。踏まれても踏まれても立ち上がるという雑草魂(ざっそうだましい)がありません。

 

 五右衛門風呂の話がでます。わたしはこどものころに入ったことがあります。板を踏みながらお湯につかりました。けっこうこわかった。


お米の力を信じる:あんな小さなひと粒の種もみから稲が育ちます。

お米の力=人間の力と言い換えることもできるそうです。

人間の力=自分の力でもあるそうです。自分を信じる。自分ならできると自分を信じる。

334ページに、『生きるぼくら』という言葉が登場します。

ぼくらはみんな生きているんだ。生きることをやめない力を持っているんだ。

お米も開花します。

 

 まーさばあちゃんは認知症が進んで、おしっこ・うんこのコントロールが自分でできなくなってしまいました。


 デイケア:通所リハビリテーション。介護保険サービスで、日帰りコースです。


 孫娘の中村つぼみが、まーさばあちゃんに対して過干渉なほど世話をやくのです。

 その部分を読んでいて、事件になったニュースを思い出しました。

 女子高生の孫娘が認知症の祖父の世話をしていたのですが、過干渉で、祖父が怒って孫娘を殺害するという悲劇がありました。


 奥蓼科にある「御射鹿池(みしゃかいけ)」に行く。

 東山魁夷(ひがしやま・かいい)画伯の作品集。一枚の絵、『緑響く』の話が出てきます。

 

 稲刈りをして収穫です。

 おにぎりをにぎって食べる。


 そうか、再後半部で、年賀状に関する種明かしがあります。

 

 後半は盛り上がりをみせます。みんな善人です。悪い人はいません。

 ふるさと、蓼科(たてしな)、米づくり、おにぎり、引きこもりからの克服のお話しでした。

 う~む。うまくまとまりすぎかな。

☆いつも見てくださってありがとうございます♬