本が読めない33歳が国語の教科書を読む かまど・みくのしん

本が読めない33歳が国語の教科書を読む かまど・みくのしん 大和書房
『やまなし・少年の日の思い出・山月記・枕草子』
NHK朝の番組、『あさイチ』で紹介されていた本のうちの一冊です。
読んでみます。
かまど:ディレクター、ライター。メガネはかけていない。みくのしんさんより背が高そう。ちょっと太っているように見える。こちらの方は、本が読めるらしい。
みくのしん:ディレクター、ライター。メガネをかけている。本を読むのがにがてだけれど、本の読み方をこの本で教えてくれるらしい。(なんだかよくわかりません)
おふたりとも、㈱バーグハンバーグバーグという企画制作会社にお勤めだそうです。
ライターなのに、本が読めない33歳なのだろうか? 不可解です。
前段階として、『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む』という本を出されているそうです。そして、その本は、かなり売れているそうです。
今回のこちらの本は、『本を読めないみくのしんが、国語の教科書を読む』そうです。
(1回目の本読み)
まずは、最後のページまで、ゆっくりページをめくって、本の雰囲気をつかみます。
不思議なつくりの本です。わたしが、はじめて体験する本のつくりです。
本を読むことがにがてな、メガネをかけた、『みくのしん』という三十代の男性が、学校の国語の教科書に書いてある文章を読むのです。
そのことを、同年齢世代らしき、『かまど』さんが、本にまとめるのです。
みくのしんさんが、教科書を読んでいる白黒写真がたくさん出てきます。
小学校の教科書です。
作品は、宮沢賢治作品で、『やまなし』です。
2012年にわたしが読んだ時の感想メモの一部をまずご紹介します。
『(文庫におさめられていました)あいかわらず色彩表現がずばぬけています。自然が身近にあった遠い昔の日本だから書けたのでしょう。宮沢賢治氏が今の日本の風景を見たらひっくりかえるでしょう。日本人は大切な自然を失いました。さて、「やまなし」とは山がないと思って読み始めました。実際は山の梨でした』
この本では、原作の文章の背景が、うすい灰色になっています。
みくのしんさんと、かまどさんのやりとりが、間(あいだ)にはさみこまれています。
次が、ヘルマン・ヘッセの作品、『少年の日の思い出』です。
わたしはこの本を読んだことがありません。
3冊目が、中島敦(なかじま・あつし。1942年(昭和17年)33歳没。病死)作品、『山月記(さんげつき)』です。
こちらもわたしは読んだことがありません。
相当むずかしい(理解することが)文章です。
内容を理解するために、図が書いてある写真があります。
みくのしんさんの表情が、かなり大げさなおどろきです。なんでだろう。2回目の本読みで理解しよう。
李徴(り・ちょう)という人物が、人間以外の生き物になるらしい。(222ページの記事から)
224ページに、みくのしんさんによる読書感想文が書いてあります。
『山月記という本を読みました』から始まります。
230ページから、『特別編 本の作者と話してみる』が始まりました。
お笑いコンビ、『ラランド』のツッコミ担当ニシダ(男性のほう。相方は、女性のサーヤさん)さんが登場しました。ニシダさんは、読書好き芸人だそうです。また、ニシダさんは、本を書く人だそうです。
ニシダさんは、小学生の頃は、スペインやドイツに住んでいた。日本語に触れるために日本の本を読んでいたそうです。(そういう環境があるのか……)
4冊目が、清少納言(せいしょうなごん)です。作品は、『枕草子(まくらのそうし)』です。
わたしは、枕草子は、子ども向けの本で読んだことがあります。なかなか良かった。
読んだときの感想メモの一部です。
『現代女性が書くところのエッセイ(身辺記録)です。いっきに読んでみます。1話読みきりのお話なので、どこから読んでもいいし、読み飛ばしてもいいし、読み手にとって読書方法の自由度が高い作品です。
こどもさんを見る目は、こまやかなやさしい女性の視線です。貴族社会の上品さが伝わってきます。ていねいな観察には驚嘆する部分もあります。物、人、行事、さまざまなことが素材です。当時の京都のようすがありありと文章で表現されています』
こちらの本では、原文を読んでいます。たいへんでしょう。
306ページに、みくのしんさんによる枕草子の読書感想文があります。
308ページにある教科書に書いてある部分の読了にまでにかかった時間が、いい感じです。
やまなし:1時間32分
少年の日の思い出:2時間7分
山月記:2時間47分
枕草子:3時間3分
合計:9時間29分+1年半(?)だったそうです。
(2回目の本読み)
『1冊目 やまなし 宮澤賢治』
教科書に載っているお話を、みくのしんさんが、一文字一文字(ひともじひともじ)声を出して読みあげながら読むそうです。
この本は、『(本を読んだことがない32歳の男性が)本を読んでいる様子を読む本』だそうです。
そうすることで、読書のおもしろさが発見できるそうです。
この本の前に出した本のときに、太宰治作品、『走れメロス』をそのように読んで、有意義だったそうです。
わからない単語が出てきたら調べる。(昔は、国語辞典や漢和辞典をこまめに開いたものです)
おもしろい! 笑えます。
かなり時間はかかりそうですが、しっかり読めます。
小学6年生の教科書で、宮沢賢治作品、『やまなし』を読み始めました。
『幻灯(げんとう)』がわかりません。プロジェクターを使うスライドです。
クラムボンは、カニの名前です。
事件が起きた=鳥のカワセミが、魚を狙って空中からくちばしで魚をくわえていった。
宮澤賢治さんの文章です。『魚はこわい所へ行った。』(うまい)
やまなし:梨のこと
『2冊目 少年の日の思い出 ヘルマン・ヘッセ』
ドイツでのお話です。
『蝶(ちょう)』のことが書いてあります。
こどものころの思い出、蝶を集めていた。8歳から9歳のころです。さらに10歳の記述があります。蝶に対する熱情がありました。
標本があります。
光と影を意識した文章が書かれているそうです。
76ページまで読んで、みくのしんさんは、本を読みながら、いろんなことを考える人だと思いました。観察があります。
主人公と友人がいて、(たぶん)友人は、主人公の蝶の標本をひとつ盗んだのではなかろうか。
91ページまで読んできて、内容はおもしろいかなとは思うのですが、本の読み方は人それぞれだとも思うのです。
だいじなことは、ていねいに読むということです。
主人公は蝶の収集に夢中だったが、主人公の両親は息子の趣味に無関心だった。
蝶を保存するための用具が貧相です。
『コムラサキ』という蝶を、近所に住んでいる先生の息子に見せる。
息子は、模範少年だった。(名前はエミール)
模範少年に、主人公の蝶の保存のしかたが良くないと指摘された。(主人公は、プライドが傷つけられた)
『クジャクヤママユ』という蝶が登場します。貴重な品種らしい。
主人公は、クジャクヤママユがほしい。
展翅版(てんしばん):蝶やトンボの翅(はね)を広げて固定する板
112ページ、おもしろい!
主人公は、蝶の標本を盗んだわけですが、ここで、みくのしんさんが、中学のときに、友だちの遊戯王カードを盗んだと大きな声で告白します。『オカダくん、ごめんなさい!』です。
この部分を読み終えました。
自分なりの判断です。
この作品のなりゆきで、主人公は、同級生が大切にしていた蝶の標本を盗みます。
いったん改心して、標本をもとの位置に戻そうとしますが、失敗して、標本の蝶を破壊してしまいます。
主人公はそのことを母親に告白して、母親は少年に謝罪してくるよう勧めます。
主人公は、同級生に会いに行きます。同級生は、主人公が盗んだのであろうと推測している態度で、主人公にはその推測を言わないまま主人公と対応します。
主人公は、同級生に謝罪することができません。
同級生は、主人公を軽べつします。
魔がさして失うものがあります。(信頼関係)
同級生に謝罪したくても、できない心根(こころね。本心)があります。
主人公は同級生に対して、妬み(ねたみ)とか、不信感をもっています。合わせて、自己弁護の気持ちがあります。自分なりに、自分の気持ちにやりくりをしようと試みています(こころみています)
それが人間なのです。人間の本性は、『悪』がベースなのです。人間は、『欲(よく)』のかたまりなのです。
そして、少年は、同級生であるエミールという模範少年がキライだったのです。
みくのしんさんの反応は的確で、言動も深みがあって、はっとさせられるものあって良かった。
『3冊目 山月記 中島敦(なかじま・あつし。小説家。1942年(昭和17年)33歳病没)』
かなりむずかしい漢文のような文章です。
それでも、みくのしんさんの声出し音読みが豪快で、時間がかかるときもありますが、文章の意味をとらえていきます。おもしろい。
人間がトラになる話です。
李徴(りちょう)という、ちょっと環境に恵まれない中途半端に優秀な若い男が失意のまま発狂してトラに変態します。たまに、人間の心が復活するそうです。(『ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還って(かえって)来る。』
袁傪(えんさん)という李徴の親友が、トラになってしまった李徴と再会します。
名文(めいぶん。すぐれた文章)があります。
『理由も分からずに押し付けられたものを大人しく受け取って、理由も分からずに生きていくのが、我々生きもののさだめだ。』
『今まで、どうしてトラなどになったかと怪しんで(あやしんで)いたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己(おれ)はどうして以前、人間だったのかと考えていた。』
みくのしんさんは、トラになった李徴が人間に戻ることを期待しますが、李徴は人間に戻ることはなくお話は終了しました。
その結末に、みくのしんさんは、かなり取り乱しています。
『この世界は、トラになっても人に戻れる優しい世界であってほしいです!!』とあります。みくのしんは、心優しい人です。
オーパーツ:それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる出土品や加工品などをさす。場違いな工芸品。真偽の議論になることがある。
『特別編 本の作者と話してみる』
この部分の本の作者は、ニシダ:お笑いコンビ「ラランド」のツッコミ担当の男性。相方は、サーヤ
う~む。得るものがないような部分でした。ニシダさんの小説を一度読んでみます。
『4冊目 清少納言 枕草子』
今で言うところの、『ブログ』のようなものですな。
随筆、日記、エッセイですな。
『春は、あけぼの』から始まって、四季のうつろいを、300文字で表現してあります。
言葉は古い言葉なので、意味を理解するためには時間がかかります。
日記の種類として、『類集的(ひとつのテーマでかためる。ハッシュタグ)』、『随想的章段(こんなことを思いました)』、『日記的章段(こんなことがありました)』
みくのしんさんの変化に富んだ白黒写真を見ていて思うのです。
これから先、みくのしんさんは、どんなふうに歳をとっていくのだろう?
ずーっと、少年のままで人生を終える人がいます。
ずーっと、少女のママで人生を終える人もいます。
この部分は、高校での古文の授業を受けているような雰囲気でした。
306ページまできました。
読書の楽しさを紹介してくれる本です。
学校の授業について書いてあります。
弊害があります。点数を付けて、順位付けをするためのテストがあります。
読書する行為とは別視点の採点です。
みくのしんさんのメッセージです。
『人の読書を矯正する国語(という科目)が嫌いだった』
しかし、今回の読書行為で目が覚めたそうです。国語の向こうに、新しい世界があった。
大きな景色が広がっていた。
318ページに、写真の出典先が書いてあります。
国立国会図書館、それから、日本近代文学館とあります。わたしは、両方とも見学したことがあります。
本の向こうには、自分が知らなかった世界があります。
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