セーラー服と機関銃 邦画 1981年

熊太郎

セーラー服と機関銃 邦画 1981年(昭和56年) 1時間51分 動画配信サービス


監督:相米慎二(そうまい・しんじ)。2001年(平成13年)53歳没

俳優:
薬師丸ひろ子(当時17歳ぐらい)、渡瀬恒彦(わたせ・つねひこ)2017年(平成29年)72歳没、風祭ゆき(かざまつり・ゆき)、柳沢慎吾(まだ19歳です)、三石研、柄本明(まだ32歳です)、佐藤允(さとう・まこと)2012年(平成24年)78歳没、北村和夫2007年(平成19年)80歳没、寺田農(てらだ・みのり)2024年(令和6年)81歳没、三国連太郎2013年(平成25年)90歳没、藤原鎌足(1985年(昭和60年)80歳没)


 もうずいぶん昔の映画になりました。44年ぐらい前です。でも、観たのは今回が初めてです。
 この映画は、リアルタイム(1981年(昭和56年)当時)で、映画館で観たことがありません。
 当時の薬師丸ひろ子さん出演がらみでわたしが映画館で観た映画としては、『野生の証明(薬師丸ひろ子さんが、高倉健さんと共演)』、『探偵物語(同じく松田優作さんと共演)』は観ました。
 まだ結婚する前の今の奥さんと観ました。18歳で出会って、もう半世紀ぐらいの長い付き合いになりました。感謝しかありません。


 映画の筋立ては、今の時代では、ちょっと世間にはおおっぴらには流せないような内容です。女子高生が暴力団の組長になって、機関銃を敵対する組長たちにぶっぱなすのです。そして、驚いたことには、暴走族が路上をけたたましい騒音をあげながら走るのですが、バイクの後部座席に薬師丸ひろ子さんが乗っていて、その暴走集団は、本物の暴走族を使っています。
 まあ、この映画に限らず、1970年代(昭和45年大阪万博)当時のあたりは、社会全体が、なんでもチャレンジの時代で勢いがありました。今ではやってはいけないことがやれていました。
 思うに、今は、学校でのこども同士のいじめが社会問題になっていますが、昭和20年代から40年代は、教師の体罰がひどかった。そして、問題になっていなかった(親も教師の味方だったから)。だから、こどもがおとなに反発して、バイクで暴走行為を始めた。そんな理由と経過があったと自分なりに思います。
 まあ、体罰は、軍国主義教育をひきずっていたのでしょう。戦地から帰ってきた人たちが教職につくことがよくありました。

 戦時中のことを放映したNHK朝ドラの、『あんぱん』で、戦時中上官が部下をガンガン殴るわけですが、じっさいにあったことです。いい気持ちはしません。

 わたしらの世代は、学校では先生にたたかれ、家では親にたたかれ、さんざんでした。


映画の中の映像です。1981年(昭和56年)当時の建物、乗用車(オートマ車は普及していなかった。車は、ドアミラーではなく、フェンダーミラーだった。車の窓は、オートではなく、手動式でレバーをくるくる回して開閉をしていた)、ダイヤル式電話機(以前見た、『モヤモヤさまぁ~ず2』で、アナウンサーの田中瞳さんが、ダイヤルの回し方を間違えていました)、それから、家具のような大きなテレビ、この映画の映像を見ていて、いろいろとなつかしい。


薬師丸ひろ子さんは、映画公開当時はまだ17歳ぐらいです。わたしは数年前に、NHK朝ドラ、『あまちゃん』のBSでの再放送を観ていたのですが、ほんとうに、長い歳月が流れました。
 こちらの映画に出演されているみなさんで、生存されている方たちは、今では、60歳を過ぎられています。それぞれ、どんな人生を送られたのでしょうか。もう、人生の最後のほうのステージまできましたね。


映画の中で、薬師丸ひろ子さんが、機関銃をぶっぱなしたあと、『カ・イ・カ・ン(快感)』と口に出すのですが、同シーンを、日曜日夕方5時半から放送しているテレビ番組、『笑点(しょうてん)』の大喜利(おおぎり)で、林家たい平さんが物まねします。考えてみればもう、44年ぐらい前の映画でのシーンなのに、今だに、一発芸みたいにしてお客さんに受け入れられるのは、60代以上の人ならわかるからなのでしょう。演じるたい平さんも60代です。


映画全体の撮影シーンの印象です。
 特定少数で、舞台劇のようにして、セットの中で演技を撮影したシーンがほとんどでした。
 ただし、特徴として、長回し(カメラを止めずに長時間撮影する)での屋外ロケがたまにあります。その当時の映像は、歴史を振り返る貴重なシーンとなっています。懐古(かいこ。なつかしむ)があります。