黄色いマンション 黒い猫 小泉今日子 新潮文庫

黄色いマンション 黒い猫 小泉今日子 新潮文庫
2021年(令和3年)12月1日に発行された文庫本です。単行本は、2016年(平成28年)4月にスイッチ・パブリッシングから刊行されています。
197ページに、この本のもとになるエッセイの連載は、2007年(平成19年)から2016年(平成28年)だったと書いてあります。雑誌、『SWITCH』の、『原宿日百景』というコーナーだそうです。
『はじめに』があって、35本のエッセイがあって、『あとがきのようなもの』があります。エッセイ:随筆。散文(さんぶん。気楽な文章)。35本全部の感想メモを書くと長くなるので、随時省略します。
著者は、1966年(昭和41年)生まれ、デビューは、16歳のとき、1982年(昭和57年)です。
『はじめに』
東京原宿について書いてあります。原宿に愛情、愛着をもたれています。
新宿と渋谷の間にあって、明治神宮の東にある地域です。
18歳から21歳までの4年間、原宿でひとり暮らしをされていたそうです。(73ページの記事)
『黄色いマンション 黒い猫』
読み終えて、絶句します。ぜっく:言葉が出てこない。
なんと感想を書いていいのかわかりません。
アイドルという仕事はたいへんです。
深夜放送の仕事が終わって、放送局から原宿あたりにある自宅マンションに帰る。
帰宅する車をファンに追跡される。
ある日、ドアを開けると、ダンボールの中に両目をつぶされた黒い子猫が入れられていた。
子猫を抱いていたら、子猫が逃げて、階段の7階から落下していった。
あわてて階下へ行ったが、子猫の姿はなかった。見つからなかった。
そんなことが書いてあります。
わたしが思うに、猫をダンボールに入れた人間は、ようすをずっと見ていたと思うのです。その者が、死んだ子猫を回収したと思うのです。ひどいことをする人間がいます。
ここまで読んで、著者は、外国も含めて、全国各地をあちこち飛び回るのでしょうが、とても狭い世界の中で生きて来た人に思えてきます。芸能界という世界です。
『リッチくんのバレンタイン』
けっこう深刻なことが書いてあります。近所に住んでいた幼なじみのリッチくん(ヨーロッパ人のハーフだそうです)が、青年期に車の中で二酸化炭素ガスを吸って、自殺してしまうのです。
家の並びが、あたしんち→タナカさんち→スガワラさんち→リッチくんちです。リッチくんとは、オムツをしているころからの知り合い。同い年。幼稚園、小中学校、高校も同じだった。リッチくんはモテた。
みんなは、強くてかっこいいリッチくんが好きだった。著者は、弱くて悲しいリッチくんを知っていて怖かった。リッチ君は、そのことを知っている著者が怖かったに違いない。
バレンタインデーの話が出ます。モテモテのリッチくんです。
お金があっても、見た目がハンサムでかっこよくても、悲しいことはあります。
『嵐の日も 彼とならば』
ボイストレーナーのコウノ先生のお宅で出るごはんの話です。ふつうのごはんです。ふつうだから心にしみるのです。
歌手発掘番組、萩本欽一さん(きんちゃん)司会の、『スター誕生!』の話が出ます。自分も似たような世代なので、中学・高校のときに、リアルタイムで観ていました。日曜日お昼前の放送だった記憶です。
中学三年生の数学の授業中にクラスメートから、メモのような手紙が回ってきた。スター誕生に応募しようという内容だった。
クラスメートと応募して、オーディションを受けた。
『どこにでもいるような普通の子が、人の目に触れてどんどん垢抜け(あかぬけ)ていくのをまるで身内のような親し気な気分で見守ったりするのも楽しいものだ』と書いてあります。
著者は、予想外に、オーディションに受かってしまった。人生が大きく動き出してしまった。
読んでいて、アイドルは、『商品』だと思う。アイドルを中心において、たくさんの人たちが、収入を分かち合って生活をしていきます。
著者は、日記を書いているのではなかろうか。かなり昔の話です。毎日ではなくても、ぽつりぽつりと、そのときどきの心境を書き残しているものと想像します。
『真剣に親権問題』
驚くほど、家庭内の事情とか人生の流れについて書いてあります。
お父さん自営の会社が倒産して、最終的には、ご両親が別居をして離婚されています。著者中学二年生から別居が始まって、その後、ご家族は、親子がバラバラになるように双方の親と暮らしたり離れたりされていますが、一度別居後は、もうご家族全員でひとつの家で暮らすことはされていません。
ご両親の離婚時、著者は19歳で、離婚届提出時にあたって、著者の親権者を決めて離婚届の用紙に記入しなければなりません。著者の親権者は著者の希望で父親になりました。
今は18歳が成人ですから、19歳なら親権者はいらないのでしょう。
そういえば、高校時代のわたしのクラスにも、親が経営する会社が倒産して、どこかへいってしまった女子がいました。この部分を読んで、忘れていた記憶がよみがえりました。
生(なま)の生活について書いてあります。人間の暮らしが書いてあります。
『ユミさんのお母ちゃん』
実母のことを、『ユミさん』という著者です。著者と実父の距離は近いけれど、実母との距離は少し離れています。実母は、父親以外と恋をする人です。(若い頃は芸者をしていたそうです)。じっさいそういう女性っています。こどもより、男性に寄っていくのです。
母方祖父は、恋をして出奔(しゅっぽん。逃げ出して行方不明)。母方祖母は自殺されたそうです。なんだか、すごいことが書いてあります。現実の生活では、ユミさんにとっての母親が、ユミさんの娘である著者なのです。
『夕暮れの保健室』
著者はよく中学校をサボっていた。途中で帰宅したり、そのあと再び登校したりしていた。(びっくりです)。
ひとりでいるのが好きだった。
『彼女はどうだったんだろう?』
あのころビルから飛び降り自殺をした女性アイドルとのことが書いてあります。40年近く前のことです。
う~む。わたしはそのアイドルのサインを持っていたことがあります。自分は二十代でした。ただ、もうそのサインは見つかりません。何度か引っ越しをするなかで、なくした覚えはないのですが、どこにあるのかわからなくってしまいました。ちょっと、ドキッとする文章でした。
『原宿キッス』
なんだかすごいこどものころの体験記です。
中学二年生のときに一家での夜逃げを体験されています。
あとは、勉強は好きではなかった。中学は行ったり行かなかったり、高校はアイドル活動に専念ということで、退学したとか…… けっこう荒れた思春期の生活を体験されています。
お風呂も、電話も、テレビもない生活があります。
テレビで、『三年B組金八先生』を見たかった。(女子中学生が妊娠、出産する内容でした)。
著者は、中学生の時に、妊娠したかもしれないという同級生の友だちと産婦人科に行っておられます。(妊娠はしていなかった。妊娠はしていなかったのに、友だちは残念そうな顔をしていた)。
なんというか、昭和の時代のおおらかさとか、力強さを思い出しました。たくましく生きている人間たちがいました。
『天使に会ったのだ』
まあ、思春期の著者にはボーイフレンドがいます。
著者は、優等生ではありません。
ボーイフレンドとは、親しくなって、しばらくたって、なんとなく会わなくなった。
父親が亡くなった。
末期のガンだった。糖尿病で、肺炎になりかけていた。
そしてもうひとりその後亡くなった人がいます。
ボーイフレンドだった人のおかあさんが亡くなっています。
『チャリン、チャリン、チャリン』
今ではふつうに家庭にあるものでも、60年ぐらい前は家にはありませんでした。
電話機(固定電話。黒いダイヤル式電話)、洗濯機、冷蔵庫、テレビ、電子レンジ、テープレコーダー、水洗トイレ、クーラー、エアコン、ビデオデッキ、ビデオカメラ、そして、道は土の状態で、まだアスファルト舗装はされていませんでした。
そんなことが書いてあります。
電話でアイドルの歌を聴けた。著者宅の電話機の横に缶があって、アイドルの歌を聴く時は、通話料として、30円を入れていたそうです。
そういえば、わたしも公衆電話をかけて、アグネス・チャンの歌を何度か聞いたことがあります。
著者は、いつしか、電話機でアイドル歌手の歌を聴く立場から、聴かせる立場に変わるのです。
『懐古と感謝(かいことかんしゃ)』
80年代(昭和55年代)の原宿のことが書いてあります。
著者は、82年(昭和57年)に16歳で歌手デビューしています。
18歳から21歳までの4年間、原宿でひとり暮らしをしています。
ふつうにひとりで原宿の街を出歩かれています。
著者がアイドルであることをまわりの人も気づいていますが、ふつうの対応をされています。
仕事が芸能人ということはあります。そして、だれだって仕事をしています。
自分に合う仕事が芸能人だった。自分は芸能人の仕事しかできないタイプだということはあります。まあ、たいていの人は、自分はこれしかできないからこの仕事をしているということはあります。
原宿に住む、あるいは働く人が、著者に優しい。いやむしろ、みんなに優しいのでしょう。
著者の言葉で、『原宿の街には善意が溢れていた(あふれていた)…… 勤労少女だった私の心が健やか(すこやか)だったのは……』
『彼女からの電話』
すごいことが書いてあります。
十代のころの話です。
仲が良かった女友だちから、『好きになっちゃいけない人』を好きになって、付き合いが始まったというような相談事、告白を聞かされます。
結婚している人なの?と問うと、違うという返事です。
著者は、女友だちに自分のカレシを盗られて(とられて)しまいました。
初めての失恋だったそうです。
『雨の日の246』
246:国道246号。東京千代田区から静岡県沼津市。
アイドルをしていて、何かをあきらめてしまったような気持ちがあった。
いつも自信がなかった。
カレシとの思い出話です。
『あの子の話』
ご本人が、離婚したところから始まります。(婚姻期間1995年(平成7年)29歳-2004年(平成16年)38歳。
離婚して再び始まるひとり暮らしです。青葉台というところ。駅は、中目黒駅。
新居が、自然が豊かな話、猫の話。ひとりの暮らしにウキウキしていた話。
『アキと春子と私の青春』
朝ドラです。じぇじぇじぇの『あまちゃん』ですな。アキは、のんさんですな。
アキの母親である春子を演じたのが、小泉今日子さんです。
ご本人の16歳からのアイドル時代は、つらかったそうです。つらかったけれど、楽しいこともあった。原宿や表参道あたりをぶらぶら歩くことが楽しみだった。
『渋滞~そして人生考』
表参道のクリスマスイルミネーションです。
自分でミニクーパーを運転しながら渋滞している道を進みます。車の中で、脳裏に思い出がよみがえってくるそうです。
右に代々木公園、左にNHKです。(以前わたしたち夫婦も散歩したルートです。雰囲気がわかって読んでいて楽しい)
山手通りに出て、ご自宅マンションがある中目黒青葉台へ帰って行かれたようです。
『団地のヌノタくん』
15歳のとき、団地に19歳か20歳のヌノタくんが住んでいた。
パンチパーマのヤンキーファッションだった。
友人たちとヌノタくんが運転するトヨタマークⅡ(マークツー)で、熱海までドライブに行って、札幌ラーメンを食べて帰って来た思い出話が書いてあります。
『ナンパの季節』
中学生三年のときに女友だちと横浜に買い物に行って、『彼女たちぃ……』と、ナンパされた話です。
スウィングトップ:ゴルフ用のジャンパー。
最近、若い女性と間違われてナンパされたそうです。でも、男は中年女性だとわかって、逃げるように去って行ったそうです。
『四月某日の手記』
ユミ(母)78歳の誕生日祝いを新宿の某デパートで、ヒロコ(次姉。2歳年上。もうすぐ52歳)と三人で買いに行きました。
親族の話がいろいろ出ます。甥の(おいの)5歳男児とか、長姉のヨーコさん(著者より8歳年上)が、がんで亡くなったとか。
文字数に制限がある投稿(5000文字以内)なので、これぐらいにしておきます。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。