どうすればよかったか? 藤野知明(ふじの・ともあき) 文藝春秋

どうすればよかったか? 藤野知明(ふじの・ともあき) 文藝春秋
家族から仕入れた情報です。
映画が話題になっているそうです。映画会のような会に誘われたそうですが、申し込みをしようと思っているうちにその期限を過ぎてしまい、映画を見損ねた(みそこねた)そうです。
というわけで、わたしも映画は観ていませんが、この本が出版されたので読んでみます。
映画は、20年間の統合失調症の姉と家族の記録だそうです。
お姉さんはすでに亡くなられています。
この本は、弟さんが書いた本です。
映画『どうすればよかったか?』 2024年(令和6年)公開 1時間41分
監督:藤野知明
撮影:藤野知明、淺野由美子
(1回目の本読み わたしは、ゆっくりページをめくりながら、どんなことが書いてあるか把握してから、2回目の本読みをします)
著者の姉が統合失調症という病気です。
統合失調症(とうごうしっちょうしょう):約100人にひとりが発症する。思考・感情・行動が、まとまりにくくなる。幻聴、被害妄想、意欲低下の症状がある。原因は不明
わたしは70年近く生きてきて、「統合失調症」の人は、何人か見ました。
状態として、一方的に、自分の言いたいことを、ばーーっとしゃべり続けるという感じでした。
こちらは、聞き役です。
幻聴とか、幻視がありました。
つくりが、以前映画を観て本を読んだ「ぼけますからよろしくお願いします」に似ています。
ぼけますは、著者(娘さん)の高齢の母親が認知症でした。
こちらの本と映画では、著者の姉が統合失調症です。
80ページに、著者は、姉がニューヨークに行ったことを8年間知らなかったそうです。(読み手であるわたしは、びっくりしました。よく読むと、行きっぱなしではなく、現地の総領事館の職員が保護しています。母がニューヨークまで姉を引き取りに行っています。そんなことがあったことを、両親は弟である著者に8年間話しませんでした)
なんだか、姉にふりまわされているご家族の風景が見えるページめくりの作業です。
150ページで、姉は亡くなっています。
亡くなったのは、2021年(令和3年)でしょう。
弟である著者が1966年生まれ(昭和41年)で、姉は8歳年上だったそうですから、63歳ぐらいでお亡くなりになったのでしょう。
なんだか、すごい話です。
お母さんは認知症になられたそうです。
お父さんと息子さんの肩に、重い負担がのしかかります。
実際にご家庭で撮影した映像を映画にしてあるそうです。
(2回目の本読み)
「はじめに」
ドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』のなりたち話です。
1983年(昭和58年)著者が高校2年生です。
大学医学部に通学していた姉(25歳ぐらいだと思われます)が、突然、叫び出したとあります。
その後の姉は、食事中に食卓に飛び乗ったり、妄想におびえて、警察を呼んだりしたそうです。
(姉は、精神的に明らかに異常をきたしています)
でも両親は、そのことを隠したかった。隠した。
1992年(平成4年。姉は、34歳ぐらいでしょう)、著者は、ウォークマンを使って、姉の叫び声を録音しました。著者は、大学生でした。
1993年(平成4年)、著者は就職して家を出ています。
(読んでいて、姉と弟の年齢と学年が一致しないような感じがしたのですが、あとのページを読むと、浪人とか、留年とかがあったようです)
著者は、2001年(平成13年)、姉の治療目的で、家の中でビデオカメラを回し始めました。
それから、姉は精神科の病院に入院しました。
病状が改善するまでに、25年間という月日がかかりました。
姉が病院を退院してから、撮りためた映像を1本の映画にまとめようと考え始めました。
姉とは、姉弟の会話ができるようになっていました。
2021年(令和3年)姉は他界しました。63歳でした。
父親は、映画公開(2024年)後、98歳で他界しました。
「どうすればよかったか?」→「姉を一日でも早く精神科に受診させるべきだった」と書いてあります。
なぜ、両親を説得するまでに、25年もかかってしまったのかという自問自答が、これからのページで分析されるようです。
「第一章 子供時代の思い出(1966(昭和41年)~1982(昭和57年))」
53ページ、第二章の途中まで読んで、暗い気持ちになりました。
わたしは、父親が、統合失調症になった長女の人生を支配していた。それは子育ての失敗だったと判断しました。
しかし、この本を読んだ家族の話では、元凶は、父親ではなく、母親だったと聞きました。
母親は、娘を世間の目から隠したかった。父親は、母親から頼まれて協力しただけの人間だったそうです。
不幸があります。
この本の両親は、長女に勉強をさせすぎました。かわいそうです。
親の犠牲になったこどもさんがいます。
両親は医師で大学の研究者です。
父:大学で生理学を教えている医師。理学部に行きたかったが、第二次世界大戦で徴兵を避けるため医学部に進んだ。元来(がんらい。もともと)、昆虫採集が好きだった。父は、無口で寡黙(かもっく。しゃべらない)だった。父方祖父は小学校の校長だった。
母:医師。大学で研究者を続けた。札幌にあるお寺の娘。父より1歳年下
姉が2歳の時に、父は西ドイツにあるハイデルベルク大学に留学した。
家族三人はドイツに行った。著者はまだ生まれていない。
留学は2年間だった。
家族三人は、ギリシャなどヨーロッパ各国、エジプトや香港にも立ち寄って帰国した。
両親の研究論文が、イギリスの科学雑誌に掲載されたり、ノーベル賞受賞者に会ったりしたことがあるそうです。
姉の成績は良かった。
高校生の姉は、父を崇拝していた。
姉は医学部をめざして二浪し、その後、一度文系の大学に入学して翌年退学し、その翌年、理系の大学に入った。(なんというか、お金のある家のこどもでないとできないことです)
姉は人づき合いがにがてだったようです。
入学した医学部は男子学生が多かった。女性は一割ぐらいしかいなかった。
姉には友だちがいなかった。孤独だった。
姉は男性と接することに慣れていなかった。
4年間浪人して入った医学部は、姉にとって、入学したことが、人生のゴールだった。
このころから、姉の様子がおかしくなった(統合失調症を発病したのでしょう)
不幸があります。
能力以上のことを無理やりにして、家族がうまくまわっていません。
32ページまで読みました。
「第二章 混乱の日々 1983年(昭和58年)~1992年(平成4年)」
1983年(昭和58年)の夜8時、姉の瞳孔(どうこう。目)が開いて、姉は叫び出したのです。
姉の言葉は、非現実的な世界にいて、父に謝罪している内容の言葉だったそうです。
父は、姉を精神病院に入院させませんでした。
その部分を読みながら自分が考えたことです。
頭のいい人といわれる人の思考のしかたです。
まず、自分にとって都合のいい「結論」を設定する。その「結論」に向かって、筋が通るような理屈建てをする。それができたら、がんこに押し通す。(ほんとうは、そういうやりかたは、間違っていると思います)
姉に幻聴があります。姉が「うるさいから……」と言いますが、なにも音はしていません。
明らかに脳みその病気です。
でも、両親は、姉を精神科に受診させません。何十年間も受診させません。姉を家に閉じ込めます。
弟である著者は、姉を中心とする家庭内のゴタゴタで疲れていた。
弟を救ってくれたのは、「映画」だった。
札幌市内の映画館に通った。
姉は家を出て、ごく短期間ひとり暮らしをした。
大学生の下宿だった。
母親が仕事帰りに毎日姉宅を訪れた。
半年後に姉は自宅に戻って来た。
姉と結婚したいという男性が現れると、母は、結婚は無理だろうと、男性に引きとってもらった。
姉が突然いなくなった。
姉は警察に保護された。
姉は28歳で大学を卒業した。医師免許はなかった。卒業後の勤め先もなかった。
母の関係先へ、研修生として行った。
姉は、国内、カナダ、スコットランド、オランダなどで開かれた国際学会に出席し発表することもあった。
姉が宗教にひきずりこまれそうになる記事があります。
もうおねえちゃんは、頭がおかしくなっています。
姉の部屋には、世界中の宗教関連本がいっぱいです。
警察がひんぱんに家に来ます。
ひどい混乱状態です。
姉はあきらかに精神的な病気をかかえています。
めちゃくちゃです。
医師である両親が異常です。
姉と著者に頭痛薬として、向精神薬を飲ませていた気配があります。
姉は明らかに精神病なのに、医師である両親は、姉が精神病であることを認めません。
著者である弟は、家を出ます。
あわせて、姉に関する記録を遺して(のこして)おくことを決心します。
初めての録音です。
姉が興奮して大声をあげています。
姉の脳みその中にあるのは、人間の比較です。成績主義です。
姉は、勉強の競争でがんばりすぎて、心が壊れました。
「第三章 家族と離れて 1993年(平成5年)~2000年(平成12年)」
著者は大学を出て、神奈川県横浜市にある住宅メーカーで営業マンとして働き始めます。
札幌の自宅を出て、両親や姉とは別れて生活をスタートさせます。
その後、仕事を辞めて、映像の世界へと入っていきます。
父親は叙勲の名誉をいただき、園遊会に出席しています。
両親は、社会の仕組みを知らない狭い世界で生きている人たちでした。
1995年(平成7年)に姉がおかしくなって、ニューヨークに行ってしまい、日本国総領事館に保護されて、母親が娘を迎えに行った。
姉はだまされていた。第三者の詐欺行為の被害にあっていた。姉は完璧に精神的な病気です。
「第四章 家族との対話 2001年(平成13年)~2008年(平成21年)」
122ページまで読みました。「家族はしんどい」という感想をもちました。
両親が統合失調症の娘を支配しています。
世間体を気にして、病院に受診させません。
世間体(せけんてい):自分や自分たちを良く思われたいという意識。いい家族を演じる。
弟は、姉と、会話のキャッチボールをしたかった。
でも姉は、ひとりごとをブツブツ言うだけだった。他者との対話ができません。
母親は、娘が「統合失調症」のふりをしていると言います。
父親は、母親を自分より劣っていると考えています。
姉の病状は深刻になっていきました。適時適切な治療が必要だった。
あたりまえのことがあたりまえにできない→(弟さんの努力で)できるようになります。
姉は状態として、宗教にはまる。スピリチュアルに興味をもつ。占いが好き。
道ばたのゴミを拾い集めてくる。
さらに、老いた母親が認知症になります。
母親本人は意識朦朧(いしきもうろう)で、話しかけても反応がない。コミュニケーションがとれなくなった。ひとりごとが多い。人格が崩壊しています。
姉は、ようやく精神科を受診して入院します。
「医療保護入院」強制的な入院です。
23歳ぐらいで発病して、25年が経過して、49歳で入院されました。
遠い道のりでした。もっとはやく治療に入れば良かったのに。
本のタイトルである、「どうすればよかったか?」につながります。
「第五章 時間を取り戻す 2009年(平成21年)~2021年(令和3年)」
統合失調症の姉の精神病院への入院期間は3か月の予定で入院が始まりました。
入浴をしていなかった姉のベタベタの体がすっきりしていく。
会話のやりとりができるようになる。
姉は3か月で退院して帰宅した。
姉の病状はかなり改善された。
認知症の母は父に暴力をふるうようになった。
母は、2011年3月11日、東日本大震災の直前に亡くなった。
2014年56歳の姉に肺がんが見つかった。ステージ4だった。(病状が重い)
2015年に父が脳梗塞になって入院した。88歳だった。(弟さんは、なかなかつらい人生です)
半年間の入院後、父は左半身マヒで帰宅した。
姉は入院先の病院で息を引き取りました。
「第六章 姉のいない時間を生きる 2022年(令和4年)~2025年(令和7年)
事実を追及するために映画をつくる。
どうしてこうなったのか。
どうすればよかったか。
映画を観た人が考える映画にする。
ママ(母親)の話が最後に出ます。
ママが、姉の精神科受診を拒否した。
パパは(父親)、それに従った。
父は98歳で亡くなりました。
「人は、間違えることがある」という言葉で、本は最後を迎えています。
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