東京見物 東京証券取引所 日本銀行貨幣博物館

熊太郎

東京見物 東京証券取引所 日本銀行貨幣博物館


 数年前、定期預金の利息が低いことに嫌気がさして、銀行に相談したら、投資信託とか株式投資を勧められました。

 最初は投資信託から始めて、2022年(令和4年)夏ぐらいから株式投資を始めました。

 当時の日経平均株価(日本経済新聞社が算出・公表している日本の株式市場の代表的な株価指数のひとつ)は、2万6000円~2万8000円ぐらいでした。その後、4万円を超えたときはびっくりしました。さらに現在は、5万円を超えてきました。


 株式投資の参考にしようと思って、2023年10月に、東京証券取引所と日本銀行貨幣博物館を見学しました。

 さらに、事前予約で、日本銀行本店を見学できることを知って、2025年(令和7年)3月に、日銀本店を見学しました。

 今回はまず、見学当時に残した記録を下地にしながら、東京証券取引所と日本銀行貨幣博物館のリポートをしてみます。


 最初に見学したのは、東京証券取引所です。東証アローズです。

 無料で見学ができました。予約もいりませんでした。写真撮影もできました。そこそこの人数の見学者がありました。外国の人も見学されていました。

 なんというか、いい職場だなーーと勝手な解釈をしました。静かです。見学者の人たちはどなたも上品そうです。

 医療とか介護、福祉関係の仕事だと、生きるか死ぬかで悩んだり、すったもんだしたりするのですが、お金扱いのことだけなら、生きるか死ぬかまではいかないので安心な仕事だと、わたしたち夫婦は見学を終えて話をしたのでした。こちらは、『損か得か』の世界です。

 当時書き残した感想メモに補足を加えてレポートをアップしてみます。

      

 次の写真は、株式活動に関する儀式の時に鳴らす鐘です。

      

 次のパネル写真は、大河ドラマの素材になった渋沢栄一氏です。

 以前本を読んだことがあります。

『現代語訳 論語と算盤 渋沢栄一 守屋淳・訳 ちくま新書』

渋沢栄一:1840年(天保11年)-1931年(昭和6年)91歳没 1968年が明治元年 農家、武士、官僚、実業家、慈善家

 この本は、渋沢栄一氏が書いたものではなく、渋沢栄一氏の講演の口述をまとめたものだという説明が冒頭にあります。

 渋沢栄一氏は、『近代日本の設計者の一人』と、『はじめに』の記述にあります。

 設立に関わった会社が481社、500以上の慈善事業に関わった。

 資本主義は、金もうけが推進力だから、ときに、大きな惨事を引き起こす。バブル経済の崩壊、金融危機があったとあります。それにブレーキをかけるのが孔子の、『論語』とあります。『人はどう生きるべきか』を前提にして経済活動を行う。

      

      

      

 以前三重テレビで放送されている株式の番組、『東京マーケットワイド』を観ていたときに、次の写真のまんなかにある空間で株式上場の儀式が行われていました。エスカレーターをおりて、わたしたち夫婦もその場所に立ってみました。だれひとりおらず、とても静かでした。

                             

 見学を終えて川沿いに歩き始めたら、『兜神社(かぶとじんじゃ)』がありました。

 世界が平和で、みんながお金持ちになりますようにと、おさいせんを入れてお参りしておきました。

                   

 日本橋のモニュメントです。橋の欄干(らんかん)にある青銅の麒麟像(きりんぞう)です。モニュメント:記念碑(きねんひ)

                    

 日本銀行と道をへだてて建っている、『貨幣博物館』を見学しました。無料です。手荷物検査があります。館内の写真撮影はできません。

 孫たちが大好きな、『人生ゲーム』が、ガラス張りの中にある棚に展示してあったので、ひっくりかえるほどびっくりしました。ただし、孫の人生ゲームは、ドラえもん版の人生ゲームです。細長い紙の箱に、おもちゃのお札が種類別に差し込んであるつくりはいっしょです。

 館内では、貨幣の歴史が詳しく、実物を展示しながら説明がなされていました。小判とか紙幣とか、外国のものも含めて展示があります。けっこうたくさんの人が見学されていました。

                 

 貨幣博物館の玄関から日本銀行の建物を撮影しました。木の枝がいっぱいでうまく撮影できませんでした。

 事前予約で日銀本店内部の見学ができるそうなので、いつか中を見学したいものです。(1年半後ぐらいに見学できました)