迷惑な終活 内館牧子

熊太郎


迷惑な終活 内館牧子 講談社


内館牧子さん:お亡くなりになりました。

 1948年(昭和23年)-2025年(令和7年)12月17日77歳没

 脚本家、作家、作詞家。横綱審議委員会委員


 老後の話です。

 死ぬ前、死んだあと、家族に迷惑をかけないために、あらかじめ準備をしておきます。


原英太(はら・えいた):75歳

 1948年(昭和23年。終戦後3年)新潟市沼沢町(現在中央区)生まれ。

 バラック長屋で育った。両親と弟の4人で暮らした。

 石炭の話が出ます。日本中、石炭燃料で動いていた時代がありました。

 両親を、とうちゃん、かあちゃんと呼んでいた。

 新潟県内の県立高校を出て、東京の大学入学、卒業後不動産販売会社に入社、単身赴任後、横浜市内に土地を買って家を建てた。

 エンディングノートに、延命治療はしなくていいとか書いても気が変わる気がする。遺産相続の分配を決めても、その後、気が変わることもある。だから、終活に対して消極的です。


原礼子(原英太の妻):71歳


原夫婦の長女 原佑子(はら・ゆうこ):46歳。未婚。横浜市中区居住。中学教師をしている。


原夫婦の長男 原努(はら・つとむ):43歳。軽金属会社勤務。妻美江。ふたりの長男が中学1年生の康介(こうすけ)


原平吉:原英太の父親。戦後、フィリピンから復員して、運送屋に勤めた。すでに亡くなっている。


原キヨ:原英太の母親。92歳

 キヨは17歳で長男の原英太を産んだ。出産後もずっと食品加工会社で力仕事をパートで続けた。新潟で次男である原昭次夫婦と同居していたときは、嫁を立て、息子の肩をもたないようにして家庭円満に心がけてきた。原昭次夫婦がシニアマンションに入居したので、今は横浜で長男の原英太夫婦と同居している。


原昭次:原英太の弟。こどものころから成績優秀。大学院で文化人類学を専攻して、ドイツに留学した。その後、新潟市にある県立文化博物館で学芸員として働く。

 45歳の時に4歳年上の小川珠子と再婚している。原昭次夫婦は、新潟県長岡市にある高齢者施設に入る。

 サービス付き高齢者向け住宅。外出自由のシニアマンション。50㎡、2LDK。さきざきは、介護フロアーに移る。医師と看護師が24時間常駐している。看取り(みとり。死去)の世話もしてくれる。入居金800万円、家賃月額29万円。そこへ入居した。


原珠子(はら・たまこ):原昭次の妻。


終活:原英太は、「終活」を高齢者の老後の趣味ととらえる。


終活とは:財産、身の回りの整理、葬儀、お墓の準備など。自分の死後、家族に迷惑をかけないための準備をしておくこと。


〇いまある財産をどうするか。

 原英太:子供に残すより、夫婦で楽しく使って死んでいきたい。

 原礼子:子や孫に少しでも遺したい(のこしたい)。


〇延命治療を希望するか。

 原英太:不要(ただし、口頭で意思表示したからいいじゃないかという主張です。一筆は書きたくない(いっぴつ。きちんとした書面)。原英太は、ふざけて、わりばしの袋に書きました。

 原礼子:きちんと書面で残してほしい。①人口栄養(胃ろう)、それから、②人工呼吸について。病気は治らないが、命は延びる。


カムイサウルス:原英太の趣味です。恐竜です。どてかい模型をつくりたい。北海道むかわ町で2003年(平成15年)に化石が発見されました。


 65歳以上:前期高齢者

 75歳以上:後期高齢者

 85歳以上:末期高齢者(作者の命名です)

 95歳以上:臨死高齢者(作者の命名です)


 いい文節を見つけました。28ページにあります。

 『……お互い歩み寄らねば、結婚なんて続かんがね……』(そのとおりです)


 文章が一直線で知識に富んでいます。敬服します。

 

第二章

 老人は、昔話はする。未来の話はしない。


向山あかね:原英太の高校時代の同級生で片思いの相手だった。60年前のことです。

 原英太は、「終活」をすることにしました。でも、ふつうの終活ではありません。

 高校生当時、向山あかねに迷惑をかけたので、そのことを謝罪したいそうです。

 そんな話が始まりました。

 自分の人生にケリをつける。思い残すことなく、スッキリさせる。終活は、人生のクライマックスだ!と書いてあります。


向山あかね(結婚して池野あかね):母子家庭の娘で、原英太の高校同級生でなおかつ、今回の話で、原英太が謝罪したい相手(そのことを、原英太の「終活」とするそうです)です。

 結婚して現在は、池野あかねになっている。

 長男夫婦と同居している。長男が、宗一郎で、長男の妻が加代、嫁と姑(しゅうとめ。義母)との関係は良くない。

 福岡に引っ越してからは、定時制高校に行きながら福岡空港の土産物(みやげもの)店で働いた。母親のフミは、親戚のコネで印刷屋に就職して庶務と雑用をしていたが寿命で亡くなった。その後、新潟県で働いている長男宅に福岡から引っ越しして同居している。

 

田村日出子:新潟市のタウン誌「にいがたの風」の編集部で昨年まで編集長、いまは、名誉編集長をしている。向山あかねの同級生。才媛(さいえん。才能ある女性)でリーダーシップがある。


 原英太は、内気な美少女だった向山あかねに親近感をもっています。

 いっぽう向山あかねは、高校で同級生だった原英太のことは覚えていません。原英太に関心がありません。

 ひともんちゃくありそうです。

 向山あかねはもう女子高生ではないのです。75歳の女性です。同居する息子の嫁とのむずかしい関係があります。

 原英太は、のんき者です。うぬぼれています。能天気です。現実がわかっていない。自信過剰で、周囲の目は自分に注がれていると勘違いしています。おめでたい人(楽観的で世間知らず)です。このことを、「迷惑な終活」と表現する作品なのでしょう。


 男と女の思うところのすれ違いがあります。男の頭の中は、自分に都合がいい空想と妄想でいっぱいです。


ネッチョ:新潟の方言で、「いたずら(悪さ)」をする人間


 親族関係がうまくいかない話があります。

 老齢の母親を親族間でたらいまわしにするような雰囲気です。

 シェークスピア悲劇「リア王」みたいですな。王様からもらうものをもらった(領地)娘たちは、認知症気味のリア王を追い出します。リア王は、ホームレスになるのです。

 いつの時代でも、高齢者に対する対応はむずかしい。


 (旧姓向山)池野あかね宅は、しかたなく、「家庭内別居」状態になります。よくあるのは、夫婦間の家庭内別居ですが、こちらは、嫁の加代と姑(しゅうとめ)のあかねが家庭内別居状態になります。重苦しい家族関係です。食事は別々にとります。あかねの部屋のドアの前に食事が置かれます。あかねは家賃を払っています。


 池野あかねは、自分が死んだあと、自分が大切にしていたものを嫁の加代が、ゴミ同然に処分するであろうと推測して、亡くなった母親がらみで、高校生のときに300円で買ったお茶碗を鑑定に出します。(それが天目茶碗という逸品で、2000万円の値がつきます。池野あかねは、2000万円をビタ一文、嫁の加代に渡したくありません。自分で使い切ると決心しました。その部分を読んだ時に、わたしがたまたま今年東京見物に行ったときに見た国宝の天目茶碗を思い出しました。東京駅前にある静嘉堂文庫美術館(せいかどう文庫美術館)というところでした。それから、有吉佐和子さんの「青い壺」という小説作品を思い出しました)


 印象に残った文節として、「……特に年取ったらお金が第一……」、人生において、自分の家を所有することはだいじなことです。歳をとってから家賃を払わなくて済むという主旨の話があります(たしかに固定資産税は、家賃よりかなり低いです)。

 「(日頃から自分に冷たい)嫁にも孫娘にもひとり息子にも、茶碗の金(2000万円)はビタ一文(いちもん)残さない。ビタ一文」、「(あかねの気持ちです。自分をないがしろにした親族に対して)やり返すの、やり返して死ぬの」

 人の恨み(うらみ)は、いつまでも残ります。以前わたしは、職業体験をベースにしたエッセイ本を立て続けに読んでいたことがあるのですが、どの本の人にも共通する意識がありました。それは、恨み(うらみ)とか、憎しみでした。(雇い主、顧客、先輩・同僚・後輩に対するものでした)不公平で不当な扱いを受けたことは、だれしも忘れられないのです。

 お金は自分のために使いきって死ぬのが一番いい。日本の老人は、子や孫に(財産を)残すことばかりになっている。他人に迷惑をかけたくないと言い張っている。(それは、賢い(かしこい)選択ではないというメッセージがあります)


 池野あかねが同居している長男夫婦と孫娘は、ハワイ旅行にいくそうです。嫁の両親が同行します。夫の母親である池野あかねは誘われません。留守番を依頼されます。池野あかねは怒っています(おこっています)、最初はいっしょにハワイへと誘うような声をかけられますが、それが本心でないことがわかるような誘い文句でした。

 池野あかねはプンプンです。もし、自分のお金が残ったら、全額新潟市へ寄付するそうです。これまで、自分を大切にしてくれなかった身内には、1円も渡したくないのです。まあ、それもいいでしょう。あなたのお金です。


 301ページあるうちの182ページまで読みました。第五章が終わりました。

 そうか、原英太には2年間の(新潟市へ単身赴任中の間、当時英太は32歳でした)不倫期間があったのか。

 こどもたちが乳幼児の時期に、子育てにかかわらない単身赴任中のパパには、不倫のチャンスがどうしてもあるわけか。

 されど、文章を読むと、不倫相手に愛情はまったくなく、愛情もなく異性と長くいられるものなのだろうかという疑問はあります。

 人生で魔が差したというのか、人生の汚点ととらえるのか、それとも、あれはあれで良かったと感慨にふけるのか、人それぞれでしょう。(参考までに、不倫の相手は、今回原英太が新潟市まで謝罪をしにいった女性ではありません)


 読んでいて思ったことです。

 「(しょせん)人間は冷たい(最終的には、自分自身の待遇のことを考える)」


 第六章の始まりです。

 原英太の弟夫婦がたずねてきました。原昭次と珠子です。自分たちが入居した有料老人ホーム「寺泊シーサイドディアス」に関して不満があるそうです。さて、どうなりますか。

 昭次72歳、珠子76歳、老人ホームに入るにはまだ年齢が若すぎたそうです。ふたりともまだまだ元気です。七十代はまだ若い。


 不穏な空気が流れ始めました。

 男女の三角関係です。コワイ


 前半で出てきた原英太が好きな恐竜話が伏線になっていて、原英太の手づくりオブジェ恐竜(庭に飾ってある)の存在と原英太の存在が重ねて表現してあります。カムイサウルス(カム様)です。


 おそろしいことが書き始められました。

 原礼子は出産後、当時単身赴任中の夫であった30代はじめの原英太が不倫をしていたことに気づいていた。知っていた。だけど黙認した。知らぬふりをしていた。遠い昔の過去が掘り起こされ始めました。


 女の感(かん)は鋭い。


 原礼子の気持ちがおさまりません。

 40年前2年間不倫していたことがある夫と結婚生活を続けた。がまんした。

 40年前、日本の女子は、「家事、結婚、出産」が王道の時代だった。

 女は、離婚するとその後の生活ができない状態があった。女は、がまんした。


 そういうことか。夫婦それぞれの終活です。

 人生の最後にやりたいことをやる。

 女性はとくに、これまでがまんしてきたことをやる。


 長い読書が続いていましたが、最後の最八章までたどりつきました。

 女として、「家事、育児、介護に看護」を強いられてきた(しいられてきた)。

 男の都合のいいように女が利用されてきた。

 あげくのはてに夫は不倫をした。

 原礼子は、もうがまんができないのです。

 原礼子にとっての、自分が死ぬ前にやっておきたい終活が、夫との「別居」なのです。

 離婚するまでの気持ちはありません。


 終活というのは、死に支度(したく)だけではない。

 人生で、やり残したことをやる。

 この物語の趣旨が、よーく、わかりました。


 内館牧子さんによる、「あとがき」の日付は、令和6年(2024年)9月になっています。

 そして、内館牧子さんは、翌年である令和7年(2025年)12月に77歳でお亡くなりになりました。

 ご冥福をお祈り申し上げます。