でんでんむしのかなしみ 新美南吉

熊太郎


2019年(令和元年)5月に読んだ本の感想記録です。

新美南吉(にいみ・なんきち 1913年(大正2年)-1943年(昭和18年)29歳没)


「でんでんむしのかなしみ」 新美南吉・作 かみやしん・絵 大日本図書


 美智子さまの愛読書と聞き読みました。

 1935年、昭和10年の作品です。いまから85年ぐらい前のものです。(2026年の今だと91年ぐらい前です)ずいぶんたっていますが、内容は今も変わらぬ人の心を表しています。これからも変わらないのでしょう。


 「でんでんむしがいました」ではなく、「でんでんむしがありました」という表現がいい。


 いっぴきのでんでんむしは、自分が背中に背負っている殻の中には「かなしみ」がいっぱいつまっているのではないかと気がついてしまった。


 でんでんむしは、かなしみに耐えきれず自殺を考えます。


 ともだちのでんでんむしが、わたしのせなかにも、かなしみがいっぱいですと答えます。


 みんなが、かなしみを背負って生きている。

 「わたしはわたしのかなしみをこらえていかなきゃならない」

 でんでんむしは、もうなげくのはやめました。


 皇室の世界というなかで暮らしていくことを決心された決意が伝わってきました。

 かなしみと背中合わせによろこびがあると思います。


 ほかに掲載されている童話として、


「一年詩集の序」 1939年(昭和14年)

 でんでんむしへの愛着があります。

 でんでんむしとして生まれてきて、触角で初めて知る世界があります。

 雨しずくの音に驚く。新鮮な表現です。

 風が吹く。光を感じる。からだがほてって熱くなる。

 花の匂いに酔いしれる。


「里の春、山の春」 1942年(昭和17年)

 親子の鹿のお話です。

 野原に春は来たけれど、山にはまだ春が来ない。

 山の奥に住む1歳に満たない坊やの鹿は春を知りません。

 春ってなに? 花ってなに? と両親の鹿に聞きますが実感が湧きません。

 小鹿は麓(ふもと)にあるお寺の鐘に誘われて、山を下りて、春を体感します。

 あったかい雰囲気の優しいお話でした。


「木の祭り」 1936年(昭和11年)

 木に白いはながいっぱい咲いたけれど、めったに人が通らないところに立っているので、美しいとほめてくれる人がいません。だから、木はつまんないのです。

 花の香りが流れて、遠くにいた蝶が花の存在に気づきます。

 ちょうたちは、花を讃える(たたえる)ためにまつりを企画します。

 ちいさなしじみちょうは、木の花のところにいくまでに、ほたると出会いほたるも蝶の連れになります。

 明るいうちは、ちょうが集まってお祭り気分です。日が暮れて暗くなってからは、ほたるの群生が木の花を照らします。


「でんでんむし」 1933年(昭和8年)

 たぶん、大きなおかあさんでんでんむしの上に小さくて透きとおった小さなぼうやのでんでんむしがのっかっているのです。

 あめはふっていません。かぜも吹いていません。

 葉っぱの先にあさつゆの水玉があります。

 ちょうちょがいます。

 ちょうちょうの向こうに「空」があります。

 はじめていろいろなものを見るこどもの発見が生き生きと表現されている良作です。


 わたしは、新美南吉氏の出身地である愛知県半田市内にある新美南吉記念館を何度か訪れたことがあります。

 訪問したときに、小学生たちがマイクロバスに乗って記念館を見学に来ていたことがありました。まじめそうな小学生たちでした。手には、ノートと筆記用具をもっていました。


 記念館の周辺には、でんでんむしの彫刻がたくさんあります。

 写真を何枚かここに落としておきます。

 かたつむりの形をした展示館です。

 新美南吉作品で、「ごんぎつね」という名作があります。

 敷地では、きつねの親子像も見かけました。

 新美南吉作品で、「てぶくろ」という作品では、きつねの親子が登場します。

 冬が来て、森に雪が降って寒いから、子ぎつねに手袋を買おうと、母ぎつねと子ぎつねが人家のある里へ下りていくのですが、母ぎつねは、以前人間に追いかけまわされたことを思い出して、怖くなって体が動かなくなり、手だけ人間に化けた子ぎつねだけが帽子屋に行くのですが、間違えて、人間の手のひらを出さずに、きつねの前足を出してしまうのです。それでも、お店の人は、きつねがお金はくれるので、きつねだとわかっていて、手袋を子ぎつねに売ってくれたのです。そんな流れのお話でした。

 記念館のそばを、小川が静かに流れていました。