少年と犬 馳星周(はせ・せいしゅう)

2021年(令和3年)2月に読んだ本の感想記録です。
少年と犬 馳星周(はせ・せいしゅう) 文藝春秋
短編6本の連作です。
「男と犬」
2011年3月11日に発生した東日本大震災から半年が経過していますから同年9月でしょう。
コンビニの前に飼い主不明の犬がいます。姿かたちのイメージは、オオカミです。誇り高い。かっこいい。シェパードの雑種らしい。
中垣和正と犬との出会いがあります。
人情なのか、同情なのか、犬が自分の生き写しに見えたのか、かわいそうという気持ちが生まれて、彼は犬を自分の車に乗せてドラマが始まります。
すっきりした文体です。
読んでいると津波災害発生時の悲惨な映像が脳裏によみがえります。
暗い影のある姉と認知症の母とのかかわりがある暮らしです。
母親が犬を「カイト」と呼ぶ。杉下右京が登場する刑事ドラマ「相棒」の甲斐亨(かいとおる。カイト)を思い出します。カイトは凧(たこ)だから、カイトと名付けられた犬は、縁(えん)という糸が切れれば、どこかへ飛んでいってしまうという暗示があるのでしょう。
犬であるカイトのことは覚えていても、息子の存在は忘れる認知症を発症している中垣和正の母親です。
カイトは「南」へ行きたい。「南」がこれからキーワードになっていくのでしょう。今の舞台は仙台市です。
中垣和正に、犯罪成功の快感があるのはお金の魔力でしょう。
予測していたとおりにならない意外な展開です。行って、戻る。ドラマがあります。揺れる心。近づいては遠ざかる海の波のようです。
Vシネマみたいです。ハードボイルドタッチです。劇画調です。
「泥棒と犬」
この犬は善良な神ではなく、邪悪の神という悪のほうの象徴かもしれません。
今度は、この犬は、名を多聞(たもん)と名付けられました。
この犬と関わりをもった人間は、飼い主が罪人ゆえに、転落が確定するパターンかと。
とはいえ、多聞は、相手がどんな人間であってもその人間の心の支えにはなってくれる。
脚本の長いト書きを読むようです。読みやすい。
被災地の空き家から財産を盗む泥棒をする登場人物です。
仙台市→名取市→新潟市をめざして、郡山市、会津若松市→へと移動します。魚沼市も出てきます。読んでいて、太川陽介&蛭子能収(えびすよしかず)のローカル路線バス乗継の旅を思い出しました。
犬の多聞はいつも南の方角に顔を向けています。
中東の人(アラブ人)がからみます。
ごみの山で物を探して売る生活です。
ごみの中に隠してあった拳銃を見つけた幼い少年と犬を捕まえようとする悪人たちの目的がわかりませんでした。
悪人たちは、拳銃は売却されていることがわかっていただろうに。制裁と見せしめか。
アラブでの生活において、こどもを好きな変態(女児対象)おとなはどこにでもいるが、男児が好きな変態も負けず劣らずいるというくだりにすごみを感じました。
あわせて、フクシマやミヤギでの略奪行為を死体からものを盗むのと同じとしてあります。
日本人にとっては、幻想の世界です。
とくに記述手法の点で、今年読んで良かった一冊になりました。
ホダハフェズ:ペルシャ語で、さようなら
アディオス、アミーゴ:スペイン語で、さらば友よ(しばらく会えないことを想定)この物語の場合、永遠に会えなくなります。それとも最後の短編のラストで会えるのだろうか。(読みながら感想を継ぎ足して文章をつくっています)
「夫婦と犬」
気持ちのすれ違いがある夫婦と犬が関わりをもちます。
夫は犬を「アルベルト・トンバ」と名付け、妻は「クリント」と名付けて、それぞれが付けた名で犬を呼びます。
以前児童文学で「イッパイアッテナ」という本を読んだことを思い出しました。のらネコなのですが、いくさきざきで違う名前で呼ばれるのです。そして、のらネコ自身は自分の名前をねこ仲間に(名前が)「イッパイアッテナ」と名のるのです。
物語は、ふたり(夫婦)の交互の語りで進行していきます。
きれいな文章がいくつも出てきます。
「(妻が言うには、夫の)大貴は回遊魚だ。動き続けていないと沈んでしまう」「(妻が言うには、夫の大貴は)悪い人間だというのではない。ただ、夫に選ぶべき男ではなかった」「大貴には人の気持ちを読み取る能力が絶望的に欠けている」「こんなはずじゃなかった」「わたしたち、群れだったんです」
夫は、見かけはおとなでも中身はこどもです。
犬はあいかわらず南方向(西南)をみつめています。なお、現在地点は富山市内です。
(大貴に対する評価として)「めんどくさい」と言う人には伸びしろがない(成長する見込みがない)
終りがけで物語の先が予想できます。(ずばりではありませんでしたが、核心は当たっていました)話のつくりがワンパターンになってきました。あと残り三本ある短編の結末も同じパターンのような気がしてきました。
この短編の最後は、なるほど。しっかり締まりました。
「娼婦と犬」
犬は、こんどは「西」を向き続けます。現在地は滋賀県大津市内です。
海水浴ではなく、湖水浴。琵琶湖です。
また、死ぬのだろう。どうやって、二十四歳の若い女性の命を失わせるのだろう(予想ははずれました)
つじつまが合わない。金があるなら金を借りない。男が死んでいるなら金はある。それとも男はもう金を使ってしまったのだろうか。
浮気の代償は大きい。恥をかかされた人間のうらみは深い。
シーンは、最初の犬との出会いのシーンに戻ります。
物事を複雑に積み重ねてある短編です。これまでに読んできた短編のなかでは、自分にとっては、この短編部分が一番の好みです。
良かった表現として、「(犬の)人を見透かすような目」「(その女性は)金をかせいで男に貢ぎ(みつぎ)、やりたいときにやらせてくれる女でしかなかった」
犬の多聞を地震津波被災者と重ねてあるのだろうか。
以前読んだ児童文学で、人間の代わりに江戸から四国の金毘羅山(こんぴらさん)までお参りに行く犬の話を思い出しました。
「老人と犬」
この短編部分はうまくいっていないのではないかというのが本音の感想です。
犬は島根県の山に住む70歳になったばかりのひとり暮らし猟師の世話になります。熊や猪や鹿を撃つ猟師です。
物語をつないでいく秘密として、犬の最初の飼い主は、埋め込まれたマイクロチップにある岩手県のだれで、犬はどんな生活を送っていたのか。マイクロチップは犬の体のどこに埋め込まれているのだろう。(調べたら首の後ろの皮膚の下とありました。獣医が埋め込み施術を行うそうです)
犬は西南、九州の方向を向いています。
良かった文章として「畑で採れたサツマイモをふかし、日本茶を啜り(すすり)、縁側で日に当たる。ただそれだけのことがしたい。(だけど、入院して癌を治療中でできない)」「ゆるしを与えてくれるのは犬たちだけだった」「(犬は)家族を捜してる?」(探す期限は死ぬまでです。犬は一生をかけて飼い主であった家族を捜す)」「ずっとおとうさんのことを恨んでいたけれど死んでくれと思ったことはないというくだり」
疑問として、癌で病床にある熊撃ち猟師に、いくら名人だったからといって、凶暴な熊を撃つことを頼むだろうか。頼まないと思います。設定が苦しい。
「少年と犬」
この短編部分だけは、これまでの短編とは色合いが違っていました。
かなり話をつくりこんであります。
これまでの短編では、犬の実態がおぼろげでした。東日本大震災との関連も詳しい説明はありませんでした。この短編で詳しい説明が出てきます。
少年は津波のショックが原因で言葉を失っています。そして、犬が登場します。タイトル少年と犬の意味がわかります。「縁」の話です。
舞台は熊本です。犬は、5年かけて移動しています。犬が岩手県釜石から熊本まで移動できるのですから人間にも徒歩でできるのでしょう。
マイクロチップがつないでいくお話でした。
そいうつなぎかたか。
この世に生(せい)を受けたものの「役割」について考えた作品でした。
宗教的な終わり方をしました。
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