フランス映画『パリ・タクシー』と邦画『転々』

熊太郎

『パリ・タクシー』 フランス映画 2023年(令和5年)日本公開 1時間30分 動画配信サービス と 『転々』 邦画 2007年(平成19年) 1時間41分 DVD


『パリ・タクシー』

監督:クリスチャン・カリオン

俳優:

 92歳女性高齢者マドレーヌ:リーヌ・ルノー。(若いとき)アリス・イザーズ

 タクシードライバーシャルル:ダニー・ブーン


 この映画をリメイクしたのが、『TOKYOタクシー』(山田洋次監督、倍賞千恵子、(若いころ蒼井優)、木村拓哉出演)だそうです。

 わたしは歳をとってきて、映画館まで行って、じっと座って映像を観るということについて消極的になっています。映画に行こうと思うのは、小学生の孫たちと観るドラえもんとかポケモンの映画ぐらいです。


 評判の『国宝』も本は読んでいますが(今、下巻の終わり近くを読んでいます)、映画は観ていません。あとあと動画配信サービスで観ることができるようになったら、『TOKYOタクシー』と『国宝』を観てみます。


 『パリ・タクシー』の映画の内容は、「人生劇場」です。

 人生を劇場として、高齢者女性がふりかえります。

 本人にとって最終の地となる(入所後まもなく亡くなります)老人ホームへのタクシーによる移送です。その途中、高齢女性の思い出の地を訪ねます。

 そして、高齢者女性は亡くなり、身寄りがなく、相続人する親族がいない彼女の大きな財産は、高齢女性に親切にしてくれたタクシードライバーに贈られます。

 1億8000万円ぐらいの遺贈(遺言による相続人以外への財産譲渡)です。

 貧困で不安で苦しんでいたタクシードライバー夫婦が救われます。

 お金に助けてもらうのです。

 そして、亡くなる高齢者は、お金がたくさんあっても、そのお金をあの世まではもっていけないのです。

 このストーリー展開は、映画だからできるのです。現実世界ではなかなかできません。

 映画は、こうであったらいいなという、『夢』です。


 見ていて、類似のパターンの邦画を思い出しました。

 2013年(平成25年)の鑑賞メモです。

 邦画、『転々(てんてん)』 DVD 2007年(平成19年)公開) 監督 三木聡

 奇妙な筋書きですが、とても楽しめました。


 『転々』とは、東京都内を転々と散歩することを指します。

 散歩するのは、三浦友和さんとオダギリジョーさんです。

 福原愛一郎を演じる三浦友和さんは、夫婦喧嘩の最中にカッときて、どうも奥さんを殺してしまったらしい。

 福原愛一郎は、警察に自首するために自宅賃貸マンションから皇居のそば、霞ヶ関に建っている警視庁方向へ歩き出します。

 徒歩で警察へ自首する途中で拾った大学8年生(留年あり)のオダギリジョーさんが、道連れです。

 オダギリジョーさんは、天涯孤独、感情をもたない人格設定で、涙を流すことがありません。

 徒歩をしながらの道中(どうちゅう)、ふたりは、休憩したり、宿泊したりします。

 福原愛一郎さんは、妻を愛していました。妻との思い出がある場所を再訪します。

 家族のぬくもりを感じる映画です。小泉今日子さんをはじめとした俳優陣がふたりの男性のまわりを固めてくれます。

 庶民の暮らしぶりがリアルに再現されています。B級グルメであったり、古い商店街でのコミュニケーションであったりします。

 いい意味で力の抜けた佳作で、擬似家族のようすは、ほんわかとあたたかい。いいこともわるいことも夢の中です。

 ローカルな風景描写と狭い道、撮影場所がわかると楽しみは倍増するでしょう。


 福原愛一郎を演じる三浦友和さんが警察に出頭する前日のことです。

 ふたりでカレーライスを食べながら、オダギリジョーさんが、涙をぼろぼろ流します。人間の心がなかった泣かない人が、泣く人に変わります。

 オダギリジョーさんは、人の気持ちがわかるようになりました。


 『道草』を推奨する映画です。目的を目指して一直線で行けばすぐ着いてしまう。

 だけど人間はそうしない。回り道をするのです。

 三浦友和さんの奥さんの職場の同僚たちは、奥さんが出勤しないことを心配して家庭訪問しようとしますが、いつも方向を間違えてしまいます。

 『道草』の中にささやかなしあわせがあります。


 『パリ・タクシー』には、高齢女性のパートナーとなったひどい男がいます。

 現実社会でも気をつけたほうがいい人物像です。男でも女でも人にひどいことをする人っています。

 お酒のみは要注意です。お酒のみをパートナーにもつと、しなくてもいい苦労を体験することになります。うちのオヤジはわたしが中学の時に病気で死にましたが、酒飲みの暴れん坊で、母もわたしも苦労しました。


 映像に出てくる彼女(女性高齢者の若いころ)のカレシは、平気でウソもつきます。人でなしです。人の心を傷つけることをなんとも思っていません。ケロッとしています。ウソをつく人は犯罪と近い位置にいる人です。

 どうして彼女は、そんな男を好きになってしまったのだろう。恋は盲目です。高齢女性は若いころ、だまされやすい人だった。


 映画では、高齢女性が精神的に追い詰められて犯罪行為をしてしまいます。


 ちょっと、極端な表現かなと思いました。

 1950年代は、女性ががまんする時代だった。夫から暴力をふるわれても離婚なんてできなかった。だから、逆に夫を暴力で痛めつけてやった。(彼女はそこまで、精神的に追い詰められた)


 人生には、自分の思いどおりにいかないことが多い。

 でも、劇場では、別世界が広がっていた。

 劇場には、夢と幸福と快楽があった。

 あの時代は、女は耐えた。女は、劇場にいることで心を解放された。

 

 こどもがいても幸せではなかった。

 親が思うほど、こどもは親のことを思ってくれなかった。

 こどもは、自分の人生を歩みたかった。

 そして、彼女のこどもは、戦地で、親よりも先に死んでしまった。


 タクシードライバー夫婦のことです。

 なにせ、お金がいる。

 お金がないと生活が成り立たない。


 ロマン(理想をかなえる気持ち)、夢、ありえないことが、映画の中では起きます。

 これは、映画です。

 そして、これが、映画です。

 

 信じていた人に裏切られる(人生ではよくあることです)

 人生は、アッという間に過ぎる。

 人はいつか必ず死を迎える。

 だれかのために何かを遺して(のこして)死にたいと思う。(自分が生きていた証拠を、だれかの記憶にとどめたい)

 そんな、映画でした。なにかを遺す(のこす)。人生を終えるときの基本です。