岩手県 中尊寺金色堂(ちゅうそんじこんじきどう)
訪問したのは、2010年(平成22年)10月でした。家族で、青森空港からレンタカーを借りて運転して行きました。
(訪問当時の記録を下地にしてリポート(報告)文章を作成してみます)

その証拠に、この地にわたくしの句碑が建っております。
「五月雨の降り残してや光堂」さみだれの ふりのこしてや ひかりどう
さみだれの雨粒のごとくきらきらと輝いているのが金色堂です。

おッ! かえるくん発見、かえる飛び込むなんとかの池という句をつくったことがあります。
あまりたくさんつくりすぎて、思い出せません。(写真のまんなか左にいる茶色がカエルです)

りすくんもいるようです。
りすの句をつくったことはないと思いますが、自信はありません。
たぶん、ないと思います。ないんじゃないかなーー
(看板には、「リスに注意 徐行 平泉町」と書いてあります)

さて、冗談はこれぐらいにして、次はお堂から見下ろした風景です。
北上川が見えるのですが、写真撮影は苦手なので、どこが川かわかりません。(まんなかちょい上、白い水たまりのようなところ)
「北上川」と聞くと、演歌を思い出しますが、タイトルは思い出せません。
思い出せないことばかりの50代になってしまいました。(このとき自分は50代でした。今はもう70が近寄ってきています。歳をとりました。もう若い頃のように、体はびゅんびゅん動いてはくれません。オヨヨのヨロヨロです)
義経とか弁慶がこの山の上で生活していたとは思えません。
田園地帯なので、山の下で暮らしていただろうと想いは広がりました。

立派な杉木立でした。
栃木県日光市にある東照宮の参道のようです。

願い事を唱え(となえ)ながら石を積む慣習があるようです。

おそくなりましたが、次の写真が、金色堂をおおっているコンクリートの建物です。
この中、さらにガラス張りの箱に入って、金ぴかのお堂と仏像群が格納されています。
今(訪問した頃です)、「東方見聞録」マルコ・ポーロー著を少しずつ読んでいます。
マルコがシルクロードを旅したのは日本の鎌倉時代で、マルコはおそらく中尊寺金色堂のことを伝え聞いて、黄金の国ジャポン(ジャパン)と思い込んだのでしょう。

最後は、武蔵坊弁慶さんのお墓です。
奈良県吉野の金峯山寺(きんぷせんじ)近くの神社で、彼が過ごした部屋を見学したことがあります。
あの地からこの地まで長い旅だったことでしょう。
弁慶さん、お疲れさまでした。

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